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第120話

巽の存在を毒によって抹消するという計画が失敗に終わった日から数日が経った頃、予想外のことが起きる。 わざわざ、巽が自らの意思で日の落ちない内から煌鬼の寝所へと出向いてきたのだ。 甲ヶ耳一族の頭首から声のかかった歴代の主頭女が屋敷外から出るのは、一切禁じられていたにも関わらず、煌鬼は突如として巽の命令によって屋敷以外の場所に行くことを許可された。 とはいえ、所詮は甲ヶ耳一族の【所有物】でしかない主頭女ゆえに一人きりで外を自由に出歩くことは叶わないが、代わりの者ではなく、あろうことか甲ヶ耳頭首自らが来訪し『御付きの者を伴えば許可する』と言ってきたために煌鬼は嬉しさを覚える反面で心の片隅に途徹もない不安を抱いてしまう。 他の罪人達の話では、御付きの者とやらを指名するのは、甲ヶ耳一族頭首である巽のみであるとされているという。それ即ち、巽が常日頃からよく知っていて、尚且つ信頼のおける人物であると考えるのが妥当であるといえるだろう。 しかしながら、煌鬼は余所から送られてきた罪人でしかない。そのうえ元々、この近郊の土地で暮らしてきたというわけではなく所謂《余所者》でしかない。逆ノ口鉱山一帯を支配下におく権力者といえる甲ヶ耳一族や早乙目一族の習わしや暮らしぶりのみならず、大勢いる住人達の暮らしぶりや土地勘すらよく知らない状況だ。 (それなのに……よく知りもしない人物が御付きの者となり今も尚、幽閉されている允琥の元へ案内するなんてことが可能なのか____) 「あ………っ……あの…………頭首様。ひとつお聞きしたいことがあるのですが____」 「聞きたいこととは、何だ?」 相も変わらず素っ気ない口振りだが、彼は煌鬼の願いを無下にすることなく、そのまま自らの寝所へと戻るために引き返そうとする足の動作を、わざわざ止めてから振り返り聞き返してくる。 その表情は出会ったばかりの頃と変わらず素っ気ないが、少し前にはぐれてしまった罪人達の噂話で語られた印象とは違うように思えて、複雑な気持ちを抱いてしまう。 確かに、この鉱山を支配する一族の彼をいずれ始末してしまえばいい。 たとえ命を奪うことはできなくとも、何らかの方法で地位や立場を逆転させてしまえば允琥を安全に救うことが可能であり、割と早く王宮に戻ることができる筈だと今更ながら頭の中で考え込む。 (けれど、果たしてそれが正しい方法だといえるのか____) その疑問を、まさか本人を前にして堂々とは口に出せずに悶々としていると、突如として目の前にある人物が現れる。 その人物を目の当たりにしたせいで、面食らってしまった煌鬼は、巽から話しかけられたということにすら気が付かず、呆然と立ち尽くすことしかできない。 「こ………っ……いや……主頭女よ。こちらの質問にまず答えよ。聞きたいこととは、いったい何なのだ?改めて聞くべきようなことは……ないはずだが____」 巽がそう尋ねるのも無理はない。  何故ならば、彼は煌鬼が聞きたいことに対する【答え】を言葉に出すのではなく、既に直接的に示してくれているからだ。   煌鬼は「御付きの者とは誰ですか……私が知っている方なのでしょうか」と問いかけるつもりだった。 だが、ここにきて当の御付きの者である早乙目家・足首の____が目の前に現れた。 (…………………) ____そこで、ようやく早乙目足首の名前すら知らないことに気付くのだった。

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