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 神野秋生(じんのあきお)と出会ったのは高校3年生の時。 たまたまクラスが一緒で、席が前後だったというありふれた話。  神野は少し長めの茶色い髪と、威圧感のある切れ長の瞳が印象的だった。 性格は一言で言うと、とにかく口が悪いし態度も悪い。 たむろしている女子にも平気で邪魔だのうるさいだの言い放つから、長身で見た目は良いのに評判はすこぶる悪かった。 いつも1人で行動していて付き合いも悪いので、男子の間でも変わった奴で通っていた。  僕はというと平凡な顔と平均的な体型に、背も170センチで低くも高くも無い。特徴といえば少し癖っ毛なことぐらい。クラスでは目立たないことに全力を注いでいるような人間だった。  だからお互い席は近くても何の接点も無くて、神野も僕には何の興味も持っていないように見えた。 「お前、それ好きなの?」 はじめて神野が声をかけてきたのは1学期も終わる頃だったように思う。 休み時間、ふらりと席を立ちかけた神野が僕の机の上の筆箱に目を止めた。 あまりにも突然だったから、思わず固まってしまったのを良く覚えてる。 「そのステッカー、“ダストマンズ”だろ」 「えーと…、うん」  ダストマンズは当時メジャーデビューしたばかりのハードコアバンドで、世間的にはかなりマイナーだ。たまたまCDショップで試聴して、気に入って買ったアルバムに付いていたステッカー。なんとなく筆箱に貼っておいたのを、目ざとく見つけたらしい。 「まだはまったばっかりだから詳しくないけど。神野、知ってる?」 「知ってるっていうか、すげー好き」  どかっと席に戻ると、何を思ったか神野は自分のくたびれた通学バッグをあさり始める。 「持ってないやつあったら貸すけど」  次の瞬間には僕の机の上にCDがずらりと並べられた。 え、いつも持ち歩いてるのか…? 正直言ってちょっと引いたけど、せっかくだからお言葉に甘えることにした。 「じゃあ、借りようかな」 「まじで?」  僕の言葉に、神野の茶色の瞳がちかりと光る。 「…あー、何て言うんだっけ、お前。『すだ』?」 「須和だよ。須和春臣(すわはるおみ)」  席が前後なのに名前も覚えてないことに呆れたけれど、ノートのはしっこに名前を書いてやる。 神野は何がおかしいのか鼻で笑った。 …失礼な奴。 「すげー角ばった名前だな。政治家みてえ」 「…名前は自分で選べないんだから、しょうがないだろ」 「ははっ! そりゃそうだ」 神野の笑顔をまともに見たのは、その時が初めてだった。  近寄りがたい奴だと思っていたけど、案外優しい顔して笑うんだって、感心したんだ。

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