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「すげー楽しかったなー。あ、荷物そのへんに置いとけよ。風呂とか勝手に使っていいからな」 「うん。ありがとう」  酒とつまみが入ったコンビニの袋を無造作に床に置くと、神野は大きく伸びをする。 そこそこの広さのワンルームは必要最低限のものしか置いてない僕の部屋に比べると随分賑やかだ。 棚からはみ出て床にまで積まれたCDや雑誌。バンドのポスターやTシャツがごちゃごちゃと壁に掛かっている。あとはベッドとテレビとローテーブル。 雑然としているけれど、好きなものに溢れていて神野らしい。  シャワーを借りてライブで汗まみれの体を流して着替えると、ようやく一息ついた。  缶ビールを開けながら、いつもみたいにライブの感想を言い合ったり下らない話をしてた。 「そういえば神野、この前言ってた彼女ってどうなった?」  少し前に、告られたから付き合ってみると他人事みたいに言ってたのが気になって、何気なく聞いてみる。大学に入って数人に告白されても断っていたようなのに、気が変わったらしい。 彼女といる時の神野なんて全然想像できない。意外と甘えてたりしたら面白いけど。  神野は少しの沈黙のあと、黒いスウェットのポケットから煙草とライターを取り出すと、慣れた様子で火をつけた。 「別れた」 「は!? まだそんなに経ってないよな?」 「なんつーか……面倒くさくなった」  僕はぽかんと口を開ける。面倒くさいで片付けられたらたまったものじゃない。 「面倒くさいとか結構ひどいよ。人としてどうなんだよ」 「好きになれなかったんだからしょうがねぇだろ。…ハルといる方がよっぽど楽しい」 「子供かよ!」 「うるせー、バカ」  そう言って神野は煙を吐き出すと、「あ」と声をあげる。 「ハル、煙草吸わねーよな」  立ち上がると通りに面した窓を開けてくれる。網戸越しに、街灯に照らされた桜並木が浮かび上がって見えた。白い煙と入れ替わるように、生ぬるい春の夜風が部屋に入ってくる。湿った土と木と花の匂い。  神野は網戸に向かって煙を吹きつけると、僕を見つめた。 「俺の話はどうでもいいんだよ。お前こそどうなの。前に言ってた大学の女」 「べ、別に。相変わらずだよ」  そういえば、前に同じゼミで気になる子がいると神野に言ったのを思い出す。明るくて優しくて、ふわふわ笑うのが可愛いと。かけらも興味無さそうに聞いてたけれど、覚えているなんて意外だった。 「さっさと告れよ。お前がどんな顔して女と付き合うのか、すげー興味ある」 「は!?」  煽られているようで顔が熱くなった僕を見て、神野は薄く笑った。 「けどまあ、ハルには一生かかっても無理だな。度胸ねーしおまけに鈍感だし」 「……言われなくてもわかってるよ」 鈍感だって自覚はないけれど、度胸がないのはその通りだと自分でも思う。でもなぜそんなに棘のある言い方をされなきゃいけないのか納得いかない。沈黙と少し気まずい空気が流れる。 神野はがしがしと頭をかくと、気を取り直すように大きく溜息をついた。 「あーー、なんか飲み足りねーな。バイト先でもらった酒あるけど飲むか?」 「……うん」

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