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第3話
リンドル帝国は水と緑に溢れた肥沃な土地。
「神に愛された国」として、他国からも一目置かれていた存在であった。
その国の第三王子であるジオラルドは、美しい金髪とエメラルドグリーンの鮮やかな瞳を持つ美しい王子。
帝国一の美女であった母の美しさをそっくりそのまま移し替えたような美少年で、他国からの評判も一際高かった。
幼い頃は姫君と間違われ、他国の王子達に結婚を迫られる始末。
二人の兄は帝国軍のトップとして君臨し、武術にも長け、ジオラルドとは違う美丈夫の兄達である。
ジオラルドは体も細く、学術に長けた王子であるが故に、将来は学術の殿堂であるリンドル大教会に入り、王子として外交面での仕事で王の大きな支えになるだろうと言われていた。
リンドル帝国の成人は18歳。
ジオラルドは15歳。
幼い頃の可憐な面影を残しながら、好奇心旺盛な新緑の瞳は利発さを増し、いずれくる「大人」というものへの憧れとほんの少しの恐れはジオラルドの美しさに儚さを添えていた。
ジオラルドは毎朝、城の近くに建てられた小さな教会で祈りを捧げに行くのが日課であった。
忙しい兄上たちは、なかなかこの教会まで来ることはできないため、ジオラルドが代わりに祈りに捧げに来ていた。
(兄様たちが怪我をせずにいられますように。帝国の人々が笑って過ごせますように……それから)
ギィ……と重たい扉が開く音がして、ジオラルドははっと後ろを振り向いた。
「ジオラルド様、また護衛をつけずにお一人でここまで……」
呆れた様子でため息をつくのは、教会の司教であるシュバルツであった。
いつも黒衣を身につけ、面頬をつけている。
あまり顔は見せたくないらしく、いつも顔の下半分を隠している。
「シュバルツ。城までそんなに距離もないし、一人でも大丈夫」
「そういうことではありません。貴方はこの国の王子なのですよ?自覚を持って頂かないと」
涼し気な目がジオラルドのエメラルドグリーンの瞳と重なる。
「貴方はこの国に必要な方なのですから」
いつもは笑わないシュバルツがジオラルドの前では少し柔らかい表情をする。彼がジオラルドの金色の髪を撫でていると、再び扉が開いた。
「シュバルツ様、殿下に何をされているのですか」
低いバリトンボイスが教会に静かに響く。
ジオラルドの側近であるセイブルが現れた。
2メートル近くあるであろう身長に、筋肉質な体。
小柄なジオラルドの前に立つと、すっぽりと隠してしまうくらい大きな体である。
「セイブル……何でここに?」
「お部屋にいらっしゃらなかったので、お迎えに上がりました」
セイブルはジオラルドの前に跪く。
「迎えにこなくったって、自分で帰れるのに」とジオラルドはぷくりと頬を膨らませる。
もう15歳なのに、セイブルは過保護すぎる。
それは常々思っていたことだ。
セイブルは顔色ひとつ変えずに、「皇帝陛下からジオラルド殿下を命を賭して守るように言われておりますので」と頭を下げた。
「お父様……」
ジオラルドはステンドグラスに描かれた女神を見た。
豊かな金色の髪に、深い海を思わせるエメラルドグリーンの瞳の女神。
人々は皆、ミオル様と呼んでいた。
古代リンドル人は肥沃な地を求めて、旅をしていた。
ある日、みすぼらしい老婆が古代リンドル人の青年に水を求めてきた。
残り少ない水を分け与えると、老婆はみるみるうちに美しい女神の姿になった。
そして、その女神は人々をオアシスへと導き、古代リンドル人たちはリンドル帝国を築き上げた。
その神話は小さな子どもでも知っている有名なもの。
ジオラルドも例に漏れず、今は亡き母に聞かされていた。
ジオラルドはこのステンドグラスの女神が大好きだった。
ステンドグラスの女神は美しい母にそっくりなのだ。
(ミオル様、どうかお父様の病気を治して……)
毎日祈りを捧げに来るのは日課という以外にも、病床に伏せる父のためでもあった。
その事を知っているシュバルツはジオラルドの前に跪いた。
「ジオラルド殿下。皇帝陛下の平癒の祈りであれば、私がいたします。貴方様に何かあれば、皇帝陛下のご心痛はさらに増えることでしょう」
平和なリンドル帝国ではあるが、もし皇族の命を狙う不届き者に出くわすが分からない。
ジオラルドは小さく頷き、セイブルと共に城へ戻っていった。
静寂が広がる教会に、ぽつりとシュバルツ一人が佇んでいた。
「ジオラルド殿下は美しくなられた。誰をも魅了するあの美貌はいつか、この国を滅ぼしてしまう」
シュバルツは誰もいない教会で独り言のように呟き始めた。
彼は皇帝陛下の余命が幾ばくしかないことに気づいていた。
そして、それを虎視眈々も狙う者達がいることも……。
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