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第4話

「殿下、今日はリンドル大教会にてマーク様による神学の講義があります。それから、ファマス公爵家との食事会、舞踏の練習……夕方からは特に予定はありません」 セイブルは簡潔にジオラルドの予定をすらすらと伝えると、ジオラルドははぁ……とため息をついた。 「……何かお加減でも」 「違うよ。ただあまり一人になれる時間がないなと思っただけ」 「殿下はリンドル帝国の期待の星なのです。ですから……」 「分かってるよ。少しだけ溜息をつきたかっただけ」 口下手なセイブルが元気づけようとしているのが分かって、何だかおかしくなる。 クスクスと笑うジオラルドは花が綻んだような可憐さがあった。 セイブルは心の中でため息をついた。 彼はジオラルドのことを慕っていた。 いや、そんな綺麗なものでは無い。 もっと醜い、どろどろとしたような感情だ。 親衛隊隊長に与えられた部屋の一室で、セイブルは夜毎、妄想の中でジオラルド殿下の体を弄ぶ。 かっちりと着込んだ紺青の詰襟の下には輝くばかりの陶器の肌が隠されている。 自分よりも細い手首をベッドの上に縫い付けて、首筋から鎖骨まで舌を這わせ、味わいたい。 下卑た快楽を知らぬ美しい体に恥辱を与え、ドロドロに溶かしてしまいたい。 四六時中、抱き続けたい。 自分のものにしてしまいたい。 そんな暴れ馬のような感情に、いつも落ち着けと手網を引く。 けれど、この暴れ馬は殿下のそばにいればいるほど、だんだん手が付けられなくなっていく。 いつか手網が切れてしまって、殿下を潰してしまうのではないかと思うと恐ろしい。 「セイブル?」 「……はい」 「大丈夫?さっきから呼んでるのに……具合でも悪いのか?」 「いえ、失礼いたしました」 セイブルは大きな体躯を90度に折り曲げる。 皇太子殿下に心配をかけさせるなど、なんという不覚であろうか。 今まで職務中に考え事など、したこと無かったのに……。 心配そうに見上げるエメラルドグリーンの大きな瞳に自分が写っている。それだけで、心が揺さぶられる。 「ご心配痛み入ります。少し、考え事をしてしまいました。……リンドル大教会へ参りましょう」 青いマントを用意し、ジオラルドの肩に掛ける。 城の前には黒の豪華な馬車。 ジオラルド殿下専用の馬車で、中は赤いベルベットが張られている。 それにジオラルドとセイブルが乗り込み、馬車は街の中心部にあるリンドル大教会まで走っていく。 揺れる馬車の中、ジオラルドは窓の外の景色を眺めている。遠くの方を眺め、何を思っているのか。 (貴方が望むなら、どこまでも遠くへ……いや、どこかで囲って差し上げたい) また暴れ馬が顔を出し始めた。 手網をとって、引っ込ませる。 この恋焦がれる思いは一生、自分を悩ますのだろうかと思うと気が滅入った。 ジオラルドがリンドル大教会に着くと、神学研究家であるマークの所へ向かった。 神学はこの国においてはかなり高尚な学問の一つだ。 教会の中の一室、恐ろしいほど膨大な書架が並ぶ図書館の真ん中で黒い司祭服を着た男性が待っていた。 真っ白な髪を後ろに撫でつけ、顔は皺がよっているが、青い瞳は穏やかな海を思わせ、どこか若々しさが宿っている。 おじいさんと言うには若いような気がするし、おじさんというには年がいっているような気がする。 「マーク様、こんにちは」 「ジオラルド殿下。お待ちしておりました。さ、どうぞ、こちらへお掛け下さいませ」 ジオラルド専用なのだろうか、他のくたびれた椅子ではなく、赤いクッションの着いた椅子だ。 座学は長い時間座り続けて勉強をするため、疲れないようにという配慮かもしれない。 「殿下。私は外で待っております」 セイブルは一礼をし、部屋を去ろうとした時、ジオラルドに引き止められる。 「セイブル、今日は疲れているから、帰ってもいいよ」 「疲れているなど……」 「いいから。明日はお兄様達が隣国のキオ公国へ発たれる。そのための大事な式もある……明日に備えて休むべきだ」 「ジオラルド殿下の傍を離れるなど……」 「セイブル。お前は僕の従者だろう?僕の命令は聞くべきだ。帰りはここの馬を借りて帰る」 ジオラルドはそう言って、マークの方を向くと、マークはニコリと笑って頷いた。 セイブルは跪き、殿下の心遣いに深く感謝した。

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