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第7話

人間の心は弱い。 いくらぴっちりとはめ込まれたガラス細工のような隙のない奴らでも、どこかに隙間はある。 そこに入り込み、壊す。 呆気ないものだ。人間なんて。 「シュバルツ!」 「ハリス公爵様」 シュバルツがリンドル帝国の城の教会から出ると、目の前に現れたのは金髪の豪奢な巻き毛の男。 紺色のコートに、レースのタイ、翡翠のブローチをした、いかにも貴族といった風貌。 年は40歳前後、いつもは理知的な青い瞳はどこか熱っぽい。 「シュバルツ……帝国の王子達は捕らえて、牢屋に入れてある。君の望んだ通りに……。この帝国もやっと私達のものになるかと思うと胸が高鳴るな」 隣国のキオ公国のハリス公爵はシュバルツの肩を抱き寄せる。 まるで、恋人かなにかのように。 (汚らわしい……) 本当はこんな男に触れてほしくない。 シュバルツは心の中でそう呟くも、微動だにせず、ただ大人しく肩を抱かれたままでいた。 「だが、第三王子のジオラルドだけが見つからない……。一体どこへ隠れたのか。君の特殊な能力でも分からないのかい?」 「公爵様、私の能力は人探しには向きません。しかし、公国の兵士たちが血眼で探しているのです。いつまでも逃げ切ることは出来ないでしょう」 何でもかんでも、頼らないでもらいたい。 心の中でそれだけ言い返すと、シュバルツはハリスの傍から離れようとする。 しかし、それに気づいたハリスは後ろからシュバルツを抱き寄せた。 「ハリス様……ここでは人目につきます」 「シュバルツ、君の言う通りにすれば、何もかもが上手くいく。さすが『運命を見通す力を持つ』と言われる一族の末裔だ。君を手に入れられたことを私は誇りに思うよ。しかし、さすがの私も疲れたんだ……ご褒美をくれたっていいだろう?」 耳元で囁かれる。 恋人ならば、甘い睦言に聞こえるだろう。 シュバルツはハリスのことをどうとも思っていない。それどころか、気持ち悪いとさえ思う。 しかし、ハリス公爵はキオ公国のトップ。 振り払うことなど許されない。 ましてや、ハリスはシュバルツをスパイとして送り込んだ張本人なのだ。 シュバルツはハリスの手を取ると、「申し訳ありません」と微笑んだ。 「今晩は、先約があるのです」 「……私よりも大事なのか」 「明日の晩であれば時間が空いております故、好きなだけ私を独り占めして頂ければ……」 ハリスの耳元でそう囁くと、彼はニヤリと笑い、「そうか」と満足した様子で頷いた。 「君を独り占めできるとは、つくづく私は幸せ者だ。捕らえた王子達も見目麗しいが、君の神秘的な魅力には敵わない。しかしあの王子達を殺すのも惜しい……王子達は処刑したということにして、私の屋敷で飼おうと思うのだが、どう思う?」 「……お気の召すままに」 「あぁ……飼おうとしたら、余計にジオラルドが欲しくなるな。あの子が一番若く、美しい……三人揃えて、飾り立てたいと思っているんだ」 (全く、この変態な考えはどれだけ出てくるのだ) 呆れながらも、この貴族がいなければ、ここまで来られなかったと思う。 自分の計画には、こいつが必要だった。 嫌でたまらなかったが、自分の体を売った甲斐があった。 「それでは、私はこの帝国の城を散策してくるよ。ここも我が城となるのだから、しっかり見てくるよ。君と私の部屋をどこにするかも決めなくてはいけないしねぇ」 いやらしく笑いながら、ハリスは待たせていた馬車に乗っていった。 その馬車を見送ると、シュバルツは外に繋いでいた黒馬に乗った。 目指すはキオ公国。 捕らわれたジオラルドの兄達の元へ、馬を走らせた。 ―――― 「セイブル、僕が殺されるってどういうこと?」 セイブルはジオラルドの手を握る。 肩を震わせ、泣いているようだった。 「私は……貴方をずっとお慕い申し上げていました。初めて貴方を見た時、ずっとずっとお守りしたいと思ったのです。いつからか、貴方の心も身体も手に入れたいと思うようになったのです。男で、しかも私よりもずっと年下の貴方に恋をしてしまった……」 「セイブル……」 自分よりも大きな男が肩を震わせながら、心の中に秘めた思いを吐露している。 ずっと辛い思いを隠しながら、自分の近くにいてくれたのだろうか。 ジオラルドはぎゅっと手を握り返した。 「セイブル、お前に気持ちは分かったよ。でも、今は帝国の危機なのだ。僕は王子として戦わなければいけない。だから、ここから……」 ここから出してほしい、そう言おうとしたその時、大きな体が覆いかぶさってきた。 「ここを出ることは許さない。貴方は私の女神なのです」 「女神って……僕は男で、人間だよ。お願い、セイブル!ここから出して!!」 「いけません!貴方は私の女神なのです……私が男に恋をしたのではない……ずっと尊い方に恋をしてしまったのです。貴方は狙われている。ここから出さないように言われているのです」 セイブルは興奮したように、ジオラルドの首筋に噛み付いた。

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