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第2話

「あと30分ですか?移動とか、そもそも仕事中なので、私が店を出ると」  この店は太客としては芸能人とか作家などのいわゆる「インフルエンサー」が大半で、インスタ○ラマーやユーチュ○バーの場合、インスタは20万人フォロー、美容系とかファッション系のユーチューバ○の場合、チャンネル登録者数100万人以上の場合割引がきく。本人の発信したメディアにウチの店が載っていることを条件に。  女優とか芸能人の場合「ホストクラブに通っている」ことがネガティブにマスコミの記事として載る人も居るので、そういう人はモザイクを掛けるというのが条件だった。  大体の同業者はいわゆる水商売とか風俗関係の仕事をしている女性にターゲットを絞っているため――だいたいがストレスを溜める仕事だし、自由になるお金も一般女性とはケタ違いだからだ――24時から営業という店が多い。  しかし、ココ「ドラレーヌ」は18時からで、今が最も賑わっている時間だ。  ヘルプのソータが恭しそうに捧げ持って来たバカラのグラスに入った真っ赤な色が印象的なロマネを、その色よりも紅い唇が水でも飲む感じでクイッと飲み干した後に、テーブルに置いた。 「そんなコト?  私もショーが見たいし、リョウも誘って一緒に観賞したいと思ったわ。それで充分じゃない?  ソータ君、このタワーのグラスを今お店に来ているお嬢さん方に振る舞って貰えば良いわ。  そして、リョウの店外デート、今からでも大丈夫か店長に聞いて来て欲しいのだけれども?」  口調は疑問形だったが、詩織莉さんは自分のワガママが通ると確信している感じだった。  オレが店長でもロマネのタワーをオーダーしてくれた特別なゲストの要望は必ず聞くだろうなと思いつつ。 「え?今からっすか?」  ソータが舞台の上でセリフを忘れた大根役者のような感じでキョトキョトしていると、詩織莉さんは真っ赤なバーキンからブロック状の札束をテーブルの上に置いた。  5000万円以上は有るということは、見て直ぐに分かったが、歌舞伎町で一二を争うドラレーヌでもイベントの時を除くとこんな大金を拝むことは滅多にない。 「今はこれしか手持ちがないの。リョウが私の家に来てくれれば残りは支払う……ああ、それはNGだったわね。じゃあ、残りはこのカードでお願いするわ」  現金の上にブラックシルバーに輝くカードが置かれた。  案の定ソータも――そして周りのテーブルのキャストもゲストも皆――目を丸くして見ている。 「そして、これが店外デート料ね」  ネイルサロンに行きたてと言った感じの詩織莉さんの真っ赤の爪に埋め込まれたダイアと思しき宝石がキラキラと光っている。  その長く細い指が100万円の束を二個、紙幣のブロックの上に積み上げられた。ごくごく無造作な感じではあるものの、彼女の白い指の動きの優雅さに成金めいた下品さがないのは流石だった。 「この金額じゃ不満かしら?だったら……」  もう一束100万円が加わる。 「リョウさん、上に聞いて来て良いっすか?」  詩織莉さんは普段も金払いの良い太客だが、こんなに現金を積み上げるのはイベントの時しかなくて、不自然と言えば不自然だがレーヌの中のレーヌだと言われている女性なだけに――ちなみにレーヌはフランス語で王妃とか女王とかという意味らしい。それが店名の由来らしいと聞いたことがある――単なる気紛れかもしれない。 「詩織莉様から皆様にお裾分けです。お好きに飲んで楽しんで欲しいってことっす」  ソータが大きな声を出すと、店の中の客とキャストが「詩織莉様有難う御座います」とか「ゴチになりますっ!」という嬉しそうな声と大きな拍手が起こった。  まあ、ワインの王様とも言われているモノが無料で呑めるのだから、その反応は妥当だろうが。  それに店外デートの料金はオレの場合でも二時間20万円が相場だ。それを彼女も知っているハズなのに、それなのに二十倍も出すというのは詩織莉さんが何を考えているのか良く分からない。  しかし、こんなに現金プラスカード払いを――ホストにツケるという方法もあるが、客が逃げた場合、その分はホスト負担になってしまうというリスクが有るが、カードの場合はカード会社と顧客の問題になるのでホストは関係なくなる――してまでオレを連れ出したいということだけは分かった。  客が注文した酒の後日バックが有るのでこの際見たくないマッチョとかデブの本番ショーでも付き合おうという気持ちになった。  ただ、詩織莉さんの場合、オレと同じような趣味の持ち主なので、それはないだろうが。 「店外デートオッケーっす。  そのまま帰って良いってオーナーがおっしゅ……おっss……えと、言ってました」  ソータも興奮し過ぎて何を言っているか意味不明な部分も有ったが、オレだってこんな大金を拝むことはそうそうないのだから、ソータは更にないのだろう。 「そう、じゃあ、行きましょうか?車を、店の前に回してくれるかしら?」  詩織莉さんのピンヒールは正直歩くのには向いていない。  オレのフェラーリの助手席に当たり前のように座って詩織莉さんは気怠い笑みの中にも何だか「本番ショー」に対する淫らな期待ではなくて、真剣さを香水のように纏っているのは何故だろうか? 「ここですか?」  何だか料亭のような感じの店の外観に違和感を抱きつつ、車を停めた。 「そうよ。ちょうど良い時間ね。  じゃあ、行きましょうか?」  店内に足を踏み入れた途端、オレは足と息が止まってしまった。そこだけが光の当たっているステージの上を見て。

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