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第3話

 舞台の上には真っ赤な長襦袢という名前だったような気がするが、違うかも知れない。それを細身の体にしどけなく纏わりつかせた細身の青年の姿がピンライトに照らされていた。  今時の――しかもここは新宿二丁目だ――若者には珍しく細い感じの髪の毛は染めているような感じもしない黒い髪をさらりと垂らしている。その黒髪に相応しく小さな顔は古風な感じの美形だった。  そして、両手は帯のようなモノで纏めて縛られて天井に吊るされたフックに掛かっていた。しかし、足が付かないほどではないので、華奢な手首にかかる負担はそれほどでもないようだった。 「詩織莉様、どうぞこちらへ。お連れ様も」  小さなライトを持った黒服が案内してくれる間中、舞台の上を凝視してしまった。  詩織莉さんはこの店でも常連らしく、最前列に設えられたボックス席に案内された。 「今日の子は初めてのようだけれど?」  何故か詩織莉さんは確認するような感じで聞いている。  彼女がこういうショーを観る趣味が有ることも、そして割と通っていることも知っていたが「背徳的な」ショーを観る興奮や興味からの質問という感じではない。 「左様でございます。  ショーは初めてですが、経験はそれなりに積んでいますので。興醒めなさることもないかと。  お飲み物は如何なさいますか?」  黒服がオーダーを取ると、しばらく沈黙していた。先ほどの店ではロマネのタワーのオーダーすら即決した彼女なのに珍しいなと思って、ようやく闇に慣れた目を彼女の整った顔に向けると、舞台を凝視していた。と言っても何だか探るような眼差しで。 「ええ……注文ね。クルボアジェ・エスプリは置いてあったわよね?あのボトルが好きなのよ、もちろんお味も……」  我に返ったような感じで詩織莉さんが告げた言葉にも違和感が有った。  店にも置いてあるコニャックなので当然呑んだことは有るしボトルも見ている。  しかし、詩織莉さんはアクセサリー類でもお酒でもキラキラしているのが好きな女性だ。まあ、宝石の煌めきに心惹かれない女性の方が珍しいのかもしれないが。  ボトルがキラキラしているのは断然ヘンリーⅣで――ボトルにもダイアモンドが何千個か散りばめられていることでも有名だった――彼女の好みからいくとこちらの方をオーダーしそうだったが。  在庫がないのかも知れないな……とも思ったが、隣のボックス席にはテレビで見覚えのある美容整形医院の院長がジャニー○系にしては濃い感じの男の子に「君の瞳の方が綺麗だよ」とホストクラブで言ったら女性の客に頭からヘンリーⅣを掛けられても文句は言えないような陳腐なセリフを言っていた。  ヘンリーⅣのボトルに何故かグラスが一個しか用意されていないのを内心怪訝に思って見ていたが、黒服が金とダイアで埋め尽くされたボトルから注ぎ終わると、院長はおもむろに口に含んで「彼氏」の肩を抱いて引き寄せて唇を合わせた。  まあ、二丁目ではありがちな風景なので、舞台の方へと目を転じた。 「和風な感じの美形だから、長襦袢にしたのでしょうかね?」  グラスを傾けて香りを楽しみながら会話を続けようとした。 「あれは襦袢ではないわね……。『ザ・ジュバン』と称して、裏で流通しているモノよ。  襦袢なら、浴衣みたいな感じで……ええと、ワンピース型と言えば分かるかしら」  舞台の上の華奢な身体とか、少し蒼褪めた感じの綺麗で古風な顔を確かめるような眼差しで見詰めながら詩織莉さんは自分のグラスを傾けている。 「ああ、上下が別なのですね。ショーの趣向でしょうか……」  突然、ミラーボールがけたたましい感じの光りを放った。 「レディース&ジェントルメン!!お待たせ致しました。今宵の主役で御座います。  二丁目の伝説の『有希』です。  しかし、舞台の経験はないので、初々しさも愉しんで頂けたらと思います。  そして皆様ご垂涎のこの身体、前菜代わりに少しご覧頂きましょう」  ユキと言う名前の男の子がゆっくりとした感じで目を開けた。  その黒目がちの瞳に陶酔にも似た煌めきがたゆたっているのは「二丁目の伝説」とかいうたいそうなあだ名に相応しくこの淫らなショーを期待しているのかも知れない。  そして、頬も桜の花のような薄紅色に上気していてとても綺麗だった。  タキシード姿の司会者は、襟元を大きくはだけて真っ白な肌とプツンと尖った桜色の乳首を強調するかのようにせり出していた。  その後、リモコンと思しき物を操作すると、手首を戒めている帯のような物が動いた。多分、その痛みに耐えかねたのだろうユキという名前の彼は客席に背中を向けた。  タキシード姿の男性が魔法のように臀部だけを曝け出していく。  真っ赤な絹――だろう、見た限りでは――から真っ白で瑞々しい二つの丘が綺麗だった。  そして、更に開かれた穴は、咲きたてのピンクの薔薇のような色だった。 「『伝説』というからには使い込んでいると思ったのだが、崩れてもいないし、色も綺麗だ」  ジャ○ーズ風を侍らした院長が、唾を飲み込みながら大きな声で言った後に、あれこれと名花を愛でる品評会のような感じで会場の9割がたを占める男性が興奮気味の声で感想を述べ合っていた。 「ご興味は尽きないかと存じますが、わたくしからこのショーについての注意事項を一点述べさせて頂きます。それは――」  次に出た言葉に、会場中から拍手と喝采、そして噎せるような熱気に溢れた声や息が飛んできた。

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