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第18話
ユキが新しい発見をした感じの笑みを浮かべて、カゴを自動読み取りする機械の中に入れていた。使い方は大きく書いてあった――しかも日本語の他に英語と中国語とハングルまで表記されていたが、ユキはその全てが読めるらしくて、じっと見てその通りにしている。ぼうっと眺めているのか本当に読めているのかは経験則で分かる。
オレは前の二国語しか分からなかったが。
自動的に計算された数字が表示されると、ユキがスラックスから財布にも入っていない一万円札を無造作に取り出した。しかも束で。
「そんな大金はむやみに見せたら危ないぞ……」
「その札束は一体どうして手に入れた?」と聞こうとして、ユキの掌に汗が浮かんでいることと、そして微かに震えていることに気が付いた。
オレも聞きかじりとか「顧客の心を掴む心理分析」みたいな本を読んで知っている程度だったが、掌の汗は精神的な原因でしか出ない。
もちろん、ユキがこの買い物にストレスを感じていないどころか、むしろ異世界体験のような気持ちでいることは表情とか声の調子で分かっていた。
だとしたら、やはり店に戻ることと、それから始まるハズの本番ショー、そしてもしかしたら「初めて」のコトに対して――ユージとかいう体格とかそれに見合った大きさの息子を挿れられる恐怖もあっただろうし――もしかしたらオレとのことも本人的には怖かったのだろうな……と、そしてその心情を上手く押し隠してこうして無理にでも快活に振る舞っているのだろうと今更ながら気が付いた。
やはり、頭の良さという点とか華奢な身体とか芯の強そうな容貌に見合ったメンタルの強さを持ち合わせているのだろう。
「ああ、このお金?これはシオリお姉さまに貸してもらった。
呉れると言ってたんだけど、いずれ僕が自分の力で返せる日が来れば絶対に返す積もりだし……ただ……」
ユキが情けなさそうにワイシャツに包まれた肩を竦めた。
「そのメドは全く立ってないけどね……。
あの店は、普段はショーとかはないけど……。ユリさんみたいにお客さんを取らされるのがオチで……。ユリさんはそういうのが好きだから良いとか言ってたのは前から知っていたんだけど、本当に好きみたいだなって今夜思った。
ただ、僕は……まだちょっと……」
手の震えがひどくなっている。
「あんなモノが好きな人間の方が少数派だと思うので気にしない方が良い。
オレの商売でも客と親密になるために最も手っ取り早いのがその女性とそういう行為をすることだが、それだって正直タイプじゃない人を抱かないといけないし、満足もさせないといけないので精神的なプレッシャーだ。実際『不能』になるヤツまで居る。
ユキの場合はもっと辛いだろうから……。
オレが言うことではないけれど、詩織莉さんが言っていたように次のショーで纏まったお金を手にしたら、その後でゆっくり身の振り方を考えればいいさ」
ユキが綺麗な目に涙を湛えてオレを見上げた。
「有難う。そうするよ……。
シオリお姉さまももっと辛い目を乗り越えてきたんだし……」
最後の方は蚊の鳴くような声だったが何とか聞き取れた。
詩織莉さんの過去――ドラマに出演するという一般的なルートで人気女優になったわけでもない上に「薔薇と胡蝶蘭のカーテンで包まれた女優」という週刊誌の記事を思い出してしまった。
ただ、今それを聞くのはユキにも――頭の良い人間なので自分の言ったことは覚えているだろう――詩織莉さんにも失礼なような気がする。
自動販売機のようなシステムで購入した商品を袋に詰める作業を手伝った。
「Tシャツとポロシャツ、そしてジーンズや下着はこっちに入れて欲しい。
あ、やっぱりそっちは僕がするよ」
大雑把に突っ込んでいたオレを見兼ねたのかユキが几帳面にポロシャツなどを入れていく。
ショー用ではないことも確かだが、何故こういう衣服を買うのかが分からない。ただ詩織莉さんからの指示でも有ったのかも知れない。
「買い物って楽しいね。それにテレビで見るのと違って店員さんがレジって言うの?ああしたヤツで計算するのかとばっかり思っていたのだけれど違うんだね?」
ユキが割と屈託のない笑みを浮かべているものの手の震えは治まっていない。
だから、その手の話題は避けることにした。
「いや、オレも良く知らないが、行きつけの店だと目の前にレジこそないが、選んだ品物をスタッフがいったん預かり請求金額を持って来るし、コンビニなんかではレジの前まで持って行かないと買えないシステムだ」
ユキが驚いたような表情を浮かべた。
もしかしてコンビニすらも行ったことが無いのかも知れない。
謎が深まるばかりだった。
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