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第33話
「リョウもあのお店が『そっち』方面の人達が絡んでいることは当然気が付いたと思うけれど?」
高いピンヒールが大理石の床に独特の、そして優雅な音を立てている。
詩織莉さんは職業柄違うのかも知れないが、そんなヒールは「決して電車などで移動しない」女性用に作られていることは職業柄知っていたのでスリッパを用意した。
「腹違いの……。何となく似ているなとは思ったのですが、血の繋がりが有るならば納得です。ヤの付くスタッフが多数居ましたよね。今時はサウナとかプールも入れない刺青の人が多数居たのでそれは察していましたが?」
詩織莉さんのプライベートはマスコミにも出回っていないし、そして本人からも聞かされていない。お客様の込み入った事情を根掘り葉掘り聞くのはこの仕事でもタブーなので全く知らない。
ただ、腹違いということは――割と家庭環境が複雑な同僚は多かった――何らかの事情が有るのだろう。
「ミネラルウオーターで良いですか?それともアルコールですか?」
早く聞きたいとは思ったものの、こういうデリケートな話は急かしてもいけないことくらいは分かっている。
「ミネラルウオーターで良いわ。
実はあの組――いえ、正確には元組ね……。そこが私やユキの実家なのよ、実は。
ユキは本妻の子供で私はいわゆる愛人――と言っても同じ屋敷に育ったのだけれど」
昔は割と良く有ったとか聞いているものの、普通は本妻と愛人が同じ屋敷に住むこと自体が珍しい。
ただ、ユキの驚くほど世間知らずな部分はそういうお屋敷で育ったからなのだと思えばストンと腑に落ちる。
「本妻と言っても『極妻』の映画のようなお姐さんではなかったわね。ただ、関西の誰でも知っている組の総長が溺愛していた昔風に言うなら『お嬢様育ち』で、世間の風に当たったこともなさそうな大人し過ぎるというか……浮世離れしている女性だったわ。奥の間にひっそりと生活していたというか、居るのか居ないのか分からない感じだったことを覚えているわ。
私の母は元ホステスから見染められて愛人になっていたのだけれど、組同士の縁をしっかりと結ぶために本妻には出来ないと言われていたわね……」
詩織莉さんはミネラルウオーターをグラスに注いで飲みながらどこか痛いような、そして懐かしいような雰囲気だった。
そういう事情なら――どうせ大きな屋敷だろうから居住エリアなどは重ならないハズだ――昔風の特殊な環境だったと納得出来る。
「あ、やっぱりお酒有るかしら?こういう話をするのはアルコールの力を借りないと……なかなか」
紅い唇と胸に飾った紅が自嘲めいて揺れている。
「ワインですか?それとも……?」
毒薬を呷るような呑み方をしていたショーの時の詩織莉さんのことが脳裏を過った。
ワインの方が当然アルコール度数も低いのでそちらの方が良いような気がしたので返事も聞かずにワイングラスに紅いワインを注いだ。
浴室に居るユキが大丈夫かと思ってはいたものの……。いくら若いとはいえ初めての行為、しかも相当無理をさせた自覚も有った、いくらショーのためとはいえ。
それに身体の奥深くに注いだ白いエキスを掻き出すのも大変だと思ってしまうし。
「有難う。美味しいわね」
大き目のバカラのグラスをくるくると優雅に回す仕草も映画のワンシーンのようだった。
詩織莉さんには本当に赤が似合う。その点ユキは真っ白な胡蝶蘭を彷彿とさせる感じだ。いや、和風な佇まいは少し違うような気もしたが。
「ユキのお母様はそういう人だったのだけれど……。その兄に当たる人は『いかにも武闘派』という粗暴な男だったわ。
可愛い妹を差し置いて、旦那を誑かしたホステス上がりとか罵ることなんて、顔を合わす度に言われていたし……。そして――」
詩織莉さんはワインを毒薬でも呷るような感じで呑んでいる。そして、その綺麗な顔は苦痛に歪んでいる感じが痛々しい。
「母が父と旅行に行ってしまって私が屋敷に残った日、そう、あれは忘れもしない14歳の春だったのだけれど、数人の部下を連れて来て、無理やり……。勿論初めてだったわ。
その時の心と身体の傷はずっと私を苛み続けたわね……」
14歳ということは中学生だったハズで、確かにそれは心にも身体にも傷は深く残っただろう。
「そんなことが……」
詩織莉さんは赤い唇を泣き笑いのような感じに歪めている。
ただ、店外デートで行ったショーでは「無理やり系」のが多かった。あれは「自分だけではない」という思いからだったのかもしれない。
そして、ユキとの「愛情が伴った行為」の時に詩織莉さんの表情に何だか違和感を抱いたのも。
「もちろん、ユキは何も知らないわ。お母様がそういうおっとりとした人だったので愛人の子とかそんなことを言われることもなく育ったし、一緒に遊んだり『お姉さん』と慕ってくれたりしていたし、ね。
リョウももう気付いているかも知れないけれど……私が『無理やり系』を好んで見たがたのも、荒療治というか、トラウマの克服の積もりだったのよ……」
その気持ちは何となく詩織莉さんの性格に合致しているような気がした。外見も内面も勝気な女王様然とした女性だとオレは判断していたので。
ただ、正妻の――しかも、実家がその筋では有名な家らしいし――子のユキが何故あんなショーに出されたのだろうか?
しかし、詩織莉さんの気持ちを考えると続きを催促せずにいた方が良いだろう。
彼女の最も辛い記憶まで打ち明けてくれたのだから、全部話してくれるだろう、心の整理が付けば。
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