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第37話

「頭取も、そして最近の監督省庁でもある金融庁だったかしら……多分、合っているかと思うけど間違っていたら御免なさい。あの店の常連さんなの。  ほら、タブレットでも流れていたでしょう?ああいう『複数の男性とお愉しみ中』の画像を押さえられているから、お目こぼしというか保身に走ったというべきかしら」  女性スキャンダルだけでもそういう地位に居る人はマズいだろうに、同性愛、しかも複数というのは何としても隠したいだろうことは容易に想像がつく。 「なるほど、そんな弱みを握られていたら言う通りにしないとマズいでしょうね。もしかしたら、今夜のショーも?」  オレは常連のお客さんにはカミングアウトしているし、逆に珍しがられたり面白がられたりしているので問題ない、万が一流出しても。  それにユキ、いや洋幸もあの浮世離れしている感じと――といってもただぼんやりしているわけではなくてショーの間も理知的に分析して動いていた点が最高に素晴らしいと思う――次期組長だか総裁とかにも興味も未練もなさそうだったので気にしないだろうが。  詩織莉さんは女王様然とした余裕の笑みを浮かべている。  首から胸の上まで下がった首飾りのルビーが本当に似合う。そう言えばイギリスの王冠には170カラットのが中央に飾ってあった。ただ、ルビーではないというのが最近の研究の結果らしいが。  宝石の話題は女性が食いつくモノの一つなので自然と詳しくなる、この世界に居れば。 「リョウと『ユキ』のショーは私が責任を持って消すように厳命しておいたから、それは大丈夫。  あの店には洋幸も時々お父様に連れられて――お父様は次期総裁の教育のためだったと思うのだけれど、ユキは『知らない世界』を垣間見られる良い機会的にしか捉えてなかったみたい」  ああ、それでユリさんなどの名前を知っていたのかと思った。そして店の雰囲気にも動じていなかったのも。 「そして私もあの店ではもちろん父親が誰かは周知の事実だから逆らう人間なんて居ないわ。  それに、ユキがああいう目に遭ったというので、一気に私の母系列の人間が勢い付くのは分かるでしょう?  だから二重に安心というわけ」  詩織莉さんは勝ち誇った感じの笑みを浮かべている。本当に若き女王様の貫禄に似ている。   それは一安心だった。オレは別に構わないがユキの将来には「なかったこと」にした方が良いだろうから。 「有難うございます。  ユキ、いや洋幸は外に出たことがないような感じを受けましたが、学校はどうしているのですか?」  どう考えても――オレは大学を一応卒業したが、ダリぃとか思いつつも通った覚えがある。ただ、この世界に入ってもっと勉強しておけばと思うことも多々有ったが――ユキはそういう社会生活を送っているとは思わない。  詩織莉、いや栞さんが答える前に書斎の扉が開いて洋幸が出て来た。 「あのね、お母様がね……あ、この電話ってどの部分で音を拾っているの?」  スマホの使い方すら知らないというのは本当に社会生活を知らないのだな……とシミジミと思ってしまう。  栞さんが立ち上がってスマホを紅い爪で器用に操作している。  オレのお客様はネイルサロンで気合いを入れて――そして別料金まで支払って――爪を長くて芸術的に仕上げている女性が大半だったが、あんな長い爪で良く器用に色々なことが出来るなと内心感心していたが。 「奥様には私からも報告しないといけないし、スピーカー機能で良いかしら?」  ユキ、いや洋幸がどちらかと言うと切れ長の目を真ん丸にしているのも食べてしまいたいほど愛くるしい。 「そんなことも出来るんだね……。栞お姉様にはお母様もくれぐれも御礼を言いたいらしいから良いよ。  ただね、屋敷に帰ることは出来ないのもお母様は分かっているし、お母様も実家に帰るって言ってた。ただ、今はお父様の病院に通いたいからとか言っていたんだけれど……」  洋幸が困ったような感じで薄めの唇を引っ張っているのもとてもラブリーだった。  洋幸があんなショーに出なければならなかったのは「次期総裁にならせないため」らしいが、栞さんのお母さんが組を牛耳ることになったら屋敷には居辛いだろう。そして、栞さんのお母さんもかなり勝気みたいだし「愛人」という座に屈辱を覚えていて、密かに恨んでいる可能性も高い。それに実家もゴタゴタしているようだったが、先代(?)だかのお嬢様に危害を加える人間はいないだろう。それに、お嬢様育ちのおっとりさと鷹揚さしか持っていない感じだったので、組の中で権勢を欲しいままにしようとする野心はないだろう。  だったら、実家の奥の間でおっとりと過ごす分には誰も文句はないだろう。 「そうね。屋敷は確かに危ないわ。お金なら――洋幸は知っているかどうか知らないけれど――私が稼いだ分ではなくて、実家から入金されたのをそっくりそのまま定期預金に入れて有るのでそれを使えばいいわ。どうせ組のお金だもの。奥様にも使う権利はあるハズよ。それでホテル住まいでもすれば良いわよ。  病院近くのホテルに長期滞在しても――それが一年でも二年でも、いえ十年でも大丈夫なほどは有るわ」   洋幸は目をパチクリさせている。 「本当に良いの?だって栞お姉様のお金でしょ?」  栞さんはカラリとした表情を浮かべていた。 「良いわよ。元々貰う積りもなかったし、私は充分お金を貰っているもの、お仕事でね。  それはリョウが一番良く知っていると思うけれど?」  オレがナンバー1で居られるのは、全てとは言わないが映画女優の詩織莉さんの散財も大きいのも事実だった。 「ユキ、いや洋幸、詩織莉さんは立派に稼いでいるので大丈夫だ。それに組のお金は栞さんは未練などないだろうから、この際甘えた方が良いと思うぞ」  バスローブが似合わない――これはある程度体格とか身体の厚みが有る人向きで、ユキのような華奢なタイプは仕方ないような気がする――ユキのまだ濡れている頭をポンポンと叩いた。  ただ、白いバスローブから覗く白い肌は濡れた胡蝶蘭の趣きだったが。 「有難う。そして、僕も屋敷には帰れないでしょう?  二億円が有るから、部屋を借りようかとも思っているんだけれど、19歳でも借りられるものなのかな?」  ユキは――何だか本名よりもユキという「白」を印象付ける源氏名の方がしっくりくる感じだった――19歳だったのかと思ってしまう。まあ、大学生くらいか?と思っていたのでその点は当たっていたが、世間の風に全く当たってない感じは一体何故なのだろう?  「そういう」家に育ったとしても、義務教育とかは――そして、最近のあの業界は学歴も重視されると聞いていた――どうしたのだろう?まあ、聞けば直ぐに教えてくれるだろうが。 「そんなの――リョウに相談しなさい。この部屋って一人で住むには広すぎるし、ね」  詩織莉さんは付け睫毛ではないのに、それ以上に長い睫毛で意味有り気にウインクした。 「え?それはどういうコト?」  ユキが怪訝そうに聞いているのも最高に可愛かった。

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