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第38話
「リョウは舞台の上で言っていたの、あれは紛れもなく本音だと思ったわ。
演技のプロを騙せるものでもなくってよ。
それに、洋幸だってこれから社会に出るまでの準備が必要でしょう?学校もロクに行ってないのだから、ね。
二億円で家を買うのも良いけれど、まずはリョウの部屋で――家賃なんて取る積もりもないでしょう?――生活して、大学にもキチンと通った方が良いわね。
私は高卒だけど、やっぱり大学に通いたかったわ。
詳しいコトは省くけど、私は早くあの屋敷から出たかった。それだけで芸能界で頑張るしかないと思い詰めていたのだけれども……」
急転直下というか青天の霹靂というかのまさかの女王様発言に戸惑ってしまったが、ユキと一緒に住めるのは良いかなとも思った。
まあ、生活の時間がすれ違いにはなるかも知れないが、その辺りのことで文句を言う性格ではないのも分かっている積もりだった。
「ええっ!!僕は願ったり叶ったりだけれど……リョウはそれで良いの?迷惑じゃない?」
ユキの頬が薄紅色に染まっている。
「迷惑ではないというか大歓迎だ。ただ、生活の時間が真っ当な人間とは異なっているので、その点だけは了解して貰わないといけないな」
その一言で洋幸の頬が更に綺麗で瑞々しいピンク色に染まった。そして、バスローブの合わせ目から覗いているシャワー浴びたての素肌の色も。
「でも……僕、家事とかしたことない、よ?
大学にもね、籍はあるんだけど行ったことない。今から真面目に通っても大丈夫かな?」
ユキが夢見る人魚姫が出す泡のような感じで呟いている。
「『あちら側』ってね――他の組とか組織なんかは知らないのだけれど――ダミーというか、マネーロンダリングと言ったかしら?まあとにかく学校法人に莫大なお金を出しているのよ。
そして洋幸のお母様があれでしょ……」
スマホからは女性の泣き声ばかりが聞こえてくる。愛する息子が一応「無事」だったことに心の底から安心したような泣き方だった。ただ、詩織莉さんとかの――そしてユキもあんなショー、しかも初めてコトなのに色々と自分なりの打開策というかアイデアを出していた。本来ならば極限状態でどうして良いか分からなくなったり固まってしまったりするのが普通だろう――能力は持ち合わせていないらしい。
「中学からは『国の伝統を守りましょう。美しい日本、皇室の伝統を守りましょう』がスクールモットーの学校に籍だけ置いていたのよね?大学までそのまま上がれる学校なのだけれど」
詩織莉さんは洋幸ではなくてオレに説明してくれた。
そういえば、893が右翼団体と名乗っていることも多いとか聞いたことが有るので、そういう右の思想をモット―とする学校にも繋がりがあるのだろう。そしてお金の関係も。
「洋幸、この部屋の家事は全てマンションと契約しているハウスキーパーの人がしてくれるから問題ない。掃除洗濯から食事まで。
だから、一緒に住んでくれたら嬉しい。
ところで、中学校から通ったことがないのか?」
オレの職場では18歳未満はお断り――まあ、どの店でも建て前としてはそうだが、ウチの場合は「健全な」店なので身分証を忘れたと言い訳してくる女性客は全て丁重にお帰り頂くという規則になっている。どんなに大人っぽく見えても女性は化粧で何とでもなることはオーナーを始めとする上層部は――オレももうすぐそちらに行くが――知り尽している。
男性と女性は異なるものの、ホスト希望の面接も多数こなしているので大体の年は自然と分かるようになった。
だからユキが19歳というのもすんなりと納得出来た。
「うん。お母様が『外は危険だから』と言って小学校から行っていない。あ!でも家庭教師の先生をそれぞれ付けてくれたので勉強はそんなに遅れてないと思う。
でも、ホントにここに住んで良いの?僕、何も出来ないよ?」
どこかおずおずとした感じも最高に可愛い。しかもバスローブから覗く素肌が紅色に染まっているのも。
詩織莉さんが居なければ、押し倒してしまいたいくらいに。
普通、男は一回の「極み」に達した時には100メートル走を全力疾走しただけのエネルギーを使うとか聞いたことがあるが――もしかしたら都市伝説かも知れないけど――今のオレはランナーズハイのような感じで、いくらでもそのエネルギーが出て来そうだった。
詩織莉さんはこの場に長居する積もりはなさそうだったが。
「あら、美味しいお茶は淹れることが出来るでしょ?この部屋の主人のリョウが良いって言ってくれたんだから、未成年は大人しく従いなさい。
――学校の件だけれどもね、寄付金を莫大に払えば出席していなくても『何故か』欠席ナシという成績表が出来るし、まぁ、公立だと無理だと思うけれども卒業証書もくれるのよ」
オレの属する世界でも金銭感覚は狂っている自覚はある。何しろドンペリプラチナをオーダーして頂ければ税・サービス料抜きで100万円だ。ちなみに仕入れ価格は――ウチの場合大量に発注することも有って――1本40万円なので2.5倍になっている。
まあ、キャスト達の人件費とかその他経費も捻出しないといけないのでこの値段はかなり強気なものの妥当だと役職になるためのオーナー面接で言われた覚えが有る。
そう考えればユキの属している世界もある意味世間とずれていても仕方無いのかもしれない。
「奥様に『栞お姉さんの友達の部屋に居候して――ええ、完全に安全だわ。それはユキも思ったでしょう?ウチの屋敷のように監視カメラが四方八方に設置されているわけでもドーベルマンを12頭だったかしら……。10頭以上檻に入れているわけではないけれど、エントランスホールに入るのも、部屋に入るにも鮮明な顔写真が必要だから一般の人は入って来ない』と申し上げてくれないかしら?」
ユキがこの部屋に住んでくれるとオレも帰り甲斐が出来る。
確かにタワーマンションの最上階は――ちなみに家具などは専門のデザイナーに頼んだ――「都会的な洗練さ」に満ちて入るものの、逆に言うとオレが一人で暮らすのは何だか寒々とした感じも受ける。
オレがこの業界に入った時にお金が全くなくてタイムセールで買ったカップヌードルを店の寮で――何せ二段ベッドが二つも並んでいるというド底辺だった――食べているのはそれなりに「ド底辺」という絵になる姿だったが、このマンションでカップヌードルをすするのは何だか物凄く不似合だ。
ハウスキーピングの人が休みとかの時にはそういう食生活をしていたが、ユキと一緒ならば何だかそういうのも楽しいような気がした。
「うん!お姉さま有難う。リョウも……ホントに迷惑じゃない……の?」
だんだん声が小さくなっていくのも食べて――そっちの意味で――しまいたいくらいに愛らしい。
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