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第39話

「もちろん、ユキが嫌でさえなければ。是非一緒に住んで欲しい」  そう断言するとユキの顔が朝日を浴びたピンクの薔薇の花のような笑顔を浮かべていて、食べて、いや押し倒したいほど可愛い。 「この部屋は、いわばナンバー1ホストの見栄というか、後輩たちへの憧れの対象になれば良いな程度で買った。  ほら、車だってこの時計だってそうだが『女性に夢を与える仕事』に就いている以上はこの程度のモノは必要だと思って。ぶっちゃけオレはセイコーでもGショックでも良いんだが。それに国産車で充分だし。  ただ、女性はそう言う点も細かく見るし、誕生日プレゼントを必死で探しているので、セイコーの時計なんか――いや、別にその会社をディスっているわけではない、ぞ。あくまで価格帯の話だ――着けていたら……」  詩織莉さんが、昂然といった感じで胸を反らす。ルビーとダイアの首飾りが白を基調にしたこの部屋に燦然と輝いている。 「そりゃあ、リョウがGショックなんか巻いていたらお客さんはこぞってロレックスとかのハイブランドの時計を誕生日プレゼントにするでしょうね。それも1千万円以上の価格帯のを、ね。  リョウの誕生日は10月2日だったわよね。その日にはドンペリのプラチナのシャンパンタワーとかリシャールが次から次へと。あの勢いは物凄いわよね……」  そう言う詩織莉さんはあのショーでも呑んでいたヘンリーⅣを店中のお客さんだけでなくキャストにまで振る舞ってくれた。 「今言うのは物凄く申し訳ないのですが、私の誕生日は1月1日なんです……」  詩織莉さんは「あらそうなの?」という感じで白鳥のような首を傾げただけだった。 「――リョウの誕生日って元旦だったの?  でも、なんで誕生日までウソをつくの?」  ピンクの薔薇の妖精みたいな感じで――多分「同居」の話が嬉しかったのだろう――詩織莉さんよりも細いかも知れない首を本気で傾げていた。 「ああ、普通さお正月は家族と過ごすために帰省したり、正月休みを利用して旅行に行ったりするだろう?   店は一応開けてはいるが、お客さんは普段の半分以下になってしまう。  だから祝日とかそういう日が誕生日のスタッフは皆が平日に誕生日設定をしているな。  誕生日っていうのは推しのホストが居れば必ず来店して祝うのが暗黙の了解だから、な」  詩織莉さんはウチの店をご贔屓にしてくれる前にも色々なホストクラブに行っていたとか聞いている。だからさほどの驚いた様子はなかったが、ユキは切れ長の目を真ん丸に開いていた。それも19歳とは思えないほど可愛い。 「それはそうと、リョウのこのマンションに洋幸が住むということで良いのかしら?」  詩織莉さんは相変わらず鳴き声が漏れてくるスマホを気の毒そうに見て確認して来た。 「それは勿論OKだ。是非洋幸には一緒に住んで欲しいと思っている。  このだだっ広い場所でUFOとかすすっていると、余計な侘しさを感じる。  ユキが――まあ、普通は寝ている時間帯だが――この部屋に居てくれるだけで良い」  ユキはピンクの薔薇の花の上に乗った露のような笑みを浮かべていた。  朝ごはんの――といっても世間的には昼メシだろうが――時にでもユキが大理石のテーブルに居てくれるだけで生活の潤いが全く異なるだろう。 「そう、有難う。奥様、セキュリティも現代最高水準を誇るマンションですから、ご安心下さい。洋幸ももうすっかり落ち着いていますので、今夜は蜂蜜入りの温かい牛乳でも飲んでお休みください。はい、分かりました」  詩織莉さんは――多分ユキのお母様がスピーカー機能に付いていけないと判断したのだろう――スマホに耳を当てながら言っている。 「リョウさんにくれぐれも宜しくと伝言だったわ。じゃあ、私もそろそろ帰るわね。  今日はいっぱいお酒を呑んでしまったので、殿方には醜態も見せられないし……。  それに、洋幸の件で色々気を揉んだりもしたからその反動が来そうだわ」  そんなに酔っぱらっているようには全く見えないが、多分オレとユキを二人きりにさせたいのだろうなと。 「じゃあ、お休みなさい。キョウ……ユキをこれからも宜しくね」  酔っぱらうと足に来るモノだと思っていたが、詩織莉さんはスリッパからピンヒールに危なげなく蝶のような足を入れていた。 「栞お姉様、本当に有難う。特に……リョウに会わせてくれたこと。そして『初めて』の相手に選んでくれたことも」  バスローブ姿のユキも玄関先で詩織莉さんに改まった感じで頭を下げている。 「お休みなさい。――今夜は洋幸にこれ以上無理はさせないでね、リョウ」  意味有り気に微笑んでいる。  ユキはポカンとしていたが、オレには真意が分かった。 「それは……、確約出来ませんが善処はしたいと思います……」  二人だけになったら「押し倒したい」と思っているのを見透かされたのかもしれない。 「洋幸が良いなら、それは自由だけれど……。くれぐれも無理だけはさせないでね」  そう言って紅い爪をひらひらと振りながら詩織莉さんは玄関から出て行った。 「栞お姉さん……何を言いたかったのかな?」  ユキは詩織莉さんに礼儀正しく腰を折って挨拶をした後にあどけない感じで聞いて来た。  その仕草も食べてしまいたいほど可愛い。

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