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第46話

「こういうスキンシップが本来の恋人の夜の過ごし方だ……。  ま、オレは即物的な人間なので……というか、即物的な人間だったと言った方が正しいな、ユキに出会うまでは。  すっきりしたら『はい、さようなら。お疲れ~』のスタイルだったが考えを改めた。  終わった後もこうして触れ合っているのって良いなと再確認しているところだ。これもユキのお蔭だな……」  ユキの可愛い乳首とか乳輪に強弱を付けて押したり撫でたりすると、ユキがあまりにも可愛い声を零すのでついつい指を動かしてしまっていた。ユキもとても嬉しそうな笑みを浮かべているし、しかも瑞々しい艶っぽさに溢れた。何だかショーの時には胡蝶蘭が似合ったが、今は朝露に濡れるピンクの薔薇のような風情だった。 「ユリさんも言ってた。終わった後にいびきをかいて寝てしまったり『よっしゃ!すっきりしたから仕事だ!』とか言ってPCに向かう人間が居たりして……そういう態度を取られるのって最初は物凄く傷付いていたらしいんだけど、その内気にしても仕方ないように思えるようになったって」  またユリという人間の話――まあ、確かにそういう態度を取られたら幻滅はするだろうが、ユリの「あの店」での痴態を見たら一概に相手の男を責めるわけにはいかないような気がする。まあ、ユリの場合、あの店での出来事なのか、それよりも以前のことなのかは定かでないし、重ねて聞くほど関心もない。  ユリの真の思惑が分かるような話なら喜んで耳を傾けただろうが。 「そうか――オレの場合、高校時代はほら『したい盛り』だろう?だからそのケの有るヤツとか、ああ一部ノンケの人間も居たな……そういうのと身体目的でつるんでいたので、高校の成績は今イチどころか下から数えた方が早かったな。遅刻や早退が多くて。もちろん寝不足によるは前夜の頑張りのせいだったし、早退は親が帰って来ないうちに私室に連れ込みたかったからで……」  あの頃は色々とやんちゃをしたなぁと改めて思った。 「シンって落ち着いて見えるのに、そういう高校生だったの?僕は入学式と卒業式すら行ってないから高校と言うモノを良く知らなくて……」  むしろ恥ずかしそうな感じで話すユキの黒い髪をあやすように撫でた。 「高校を知らないのはもう仕方ないだろ?それにウチの職場には中学しか出ていない北海道の聞いたことのない島からやって来たというスタッフが居る。お客様の高校時代のエピソードに目を輝かして聞いて、実に素朴でそして羨ましい感じが相手に伝わってお客さんも喜んで話すという良い循環が生まれて、中堅の中でもエース級の扱いを受けている。  『何事も経験』とか言うが、経験していない強みも有る」  ユキがコクリと頷いた。紅色に染まった素肌とか、可愛く立った乳首とか全部見えてはいるものの、顔だけ見ればむしろあどけない感じで悪くない。  ユキの理知的な側面も知っていたし、極限状態でも落ち着こうという大人びた点が最高に気に入ってはいたものの、いわゆるギャップ萌えというヤツなのだろうか。 「話は逸れたが、オレは高千穂商科大学ってトコに推薦枠が空いているって担任の先生に聞いたんで、『じゃ、そこでお願いします』と安直に決めた。  後から聞いた話だと、皆がパスした結果余っていた大学だったらしいんだが。  まあ、そこで一応は経営のことも学べた……いや、今思えばもっと勉強しておけば良かったと個人的には後悔している。  というのも、ナンバー1を続けていて、そして少しでも経営のセンスが有るとオーナーが判断した場合、役職付きに上がれる。そしてちょうどその話が来ていて……。  オレはお客さんと話すのが好きなんだが、そういう上の苦労ってヤツを味わった方が良いかなとも思ったし」  ユキの切れ長の眼差しが薄紅色に艶めいてはいたものの、興味深そうな煌めきを放っていたのでついつい自分語りをしてしまっていた。 「高千穂商科大学って、どこに有るの?それに、お店を経営する方に回るってすごくない?  僕の実家も――ああ、元実家かぁ、今となっては――会社を経営してるんだけど、ほら、最近は厳しいでしょう、法律が。  だから、代表取締役は全然関係ない人にしているんだけれど、警察にバレそうになったらコロコロと代表者も会社名も変えるんで、僕も頭がこんがらがりそうになってしまう、よ」  そういう話は聞いたことが有った。先ほど「銀行員のお客さんは?」と頭の中で探した女性――多分店に来ていないということは自宅で就寝中だろう、他の店に行っていなければ。取り敢えずまあ、寝ているとか他の店に行っている場合の両方とも相手の迷惑になるので明日のランチの時間にでも電話を掛けてみようと思った。  そのお客さんによると、名字と町名だけを「然るべき」PCに入力すれば「その筋の関係者」かどうか分かるというシステムがあるらしい。  ただ、佐藤とか鈴木とかいう割と良くある名前だった場合はそれだけでは足りないような気もするのだが。 「ああ、社名を替えて登記も別人が行く――いや、ホームレスなどから戸籍を買うという話も聞いたことがあるな」  オレ達の生活時間も真っ当な社会人とはずれている。だからこそ、そういう人間ともすれ違うことが良くある。アルミ缶は売れば一個につき2円の売り上げが有るらしい。そういう人間にとって戸籍など持っていても邪魔で売り飛ばそうという気になったとしても何の不思議はない。 「ウチの会社はね、戸籍を単に買うだけではなくて、本当にその戸籍を持っている人を代表取締役に就かせるって聞いた。といっても、名目だけで実際の業務を仕切るのはお父様を始めとして――ええっと、幹部達……なんだけどね」  情事の後の気だるさを残したユキ――いくら若くても初体験があんなショーで、次はオレのマンションと目まぐるしく場所が変わってしまっているので疲れてしまうのは仕方ないだろう。精神的にも肉体的にも。  それでも割と明晰な感じで話していたのに、急に歯切れが悪くなったのは「幹部」とやらが姐御と慕う詩織莉さんのお母さんの指示に従ってユキをあの店に力ずくで連れて行ったからだろう。  幾分湿った黒い髪を――髪の毛の色を茶色とか、似合う人間は金色に近かったりする職場の同僚を見慣れているので新鮮だった――優しく梳いた。 「一応、役員報酬として月に30万円は支給していたよ、お父様は。  ――これからは分からない、けど……」  ユキの実家の組は昔風の義理人情や筋を通すことを重んじていた組のようだった。  まあ、ユキの、そして詩織莉さんの父さんが倒れてしまったこれからはどうなるか分からないが。一個2円のアルミ缶だかを夜通し掛かって集めるよりも、冷暖房の効いた部屋でお飾りとはいえ社長のデスクに座らせて、しかも30万円の纏まったお金が手に入るのだったら双方良い話しのような気がする。  それに、ユキは昔の仁侠映画に出て来るようなタイプではないものの、実社会との共存も実現可能な頭脳は持ち合わせている。それを「本妻憎し」の一念で「オンナ」として見世物にしようとしたのも得策ではないような気がする。  まあ、ユキは「そっちの世界」に未練がなさそうなのでどうでも良いのかもしれないが。 「高千穂は名前の通り九州にある大学で、知っている人間に東京でお目に掛かったことはないな」  何となく重くなった空気を変えようと話題を切り替えた。

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