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第47話

「そうなんだ?そう言えばシンって九州人っぽい顔をしているけれど、どこで生まれたの?」  目鼻立ちはくっきりしているとか、「嫌みのない」ソース顔だとかお客さんに言われて慣れているものの、他ならぬユキが眉や鼻を見詰めながら興味津々といった感じで見て来るのも何だか誰にも懐かない血統書付きの猫がオレだけに興味を示している感じがした。  実際は――何だか裏心がありそうだが――ユリとかと「お友達付き合い」をしているので人見知りというわけではないだろうが。 「チャキチャキの江戸っ子と言うコトに店ではなっているが、ユキの指摘通りに博多生まれの博多育ちだ。  ユキは生粋の東京生まれなんだろう?その辺りが違うな……。しかし、良く九州だと分かったな……」  ユキが白魚のような指で眉に触れて来た。ほんのり紅色に染まっていて、そして何だか水から出たてのように瑞々しい感じのする指の感触が心地よい。  ちなみにチャキチャキの江戸っ子というフレーズは古くから有るらしいが、これを言うとお客さんは何故か喜ぶのでそう名乗っている。 「この太目の眉とか――写真とかテレビでしか見たことないんだけど、ギリシャの彫刻のような綺麗な鼻梁のラインからかな。  九州には行ったことはないんだけどさ。ほら、あっちにも有名な組が有るんだけど……武闘派として有名で……。お父様は表向き盃を交わしているけれど『あちらには関わるな』っていつも言っていたので、僕を連れて行ってくれたことはないのだけれども」  眉は確かに太めだという自覚は有ったし、毎日キチンと最上の形に整えているが、それでも分かってしまうモノらしい。  そう言えば、やんちゃ盛りの高校の時に盛り場をうろついていて「いかにもチンピラ893です」と看板を背負っているような髪型と服装の人間を多数見て来た。  東京の最近の「そっちの業界」では銀行員のような恰好を奨励していると聞いたことがあるので、確かに水と油のような気がした。 「そうか。繁華街はそう見るべきものは少ないような気もするが、高千穂とか阿蘇山とか色々とユキに見せたい景色は有るな……」  これまでの話を総合して考えると、ユキは屋敷内では何不自由なく育ってきたことは分かるが、それほど外に出たことなどないのだろう。  案の定、ユキの顔が朝日を浴びた満開の桜のように煌めいていた。 「うん!行きたいな、シンと一緒に。絶対に連れて行ってね。ほら、大学は夏休みが長いとか聞いたことも有るし!!」  大学と聞いて我に返った。このマンションはセキュリティも万全だが、ユキはこれから大学という一般人でも簡単に侵入出来るし――少なくともオレの通っていた大学はそうだった。東京の大学は違うのかもしれないが――生活時間帯も異なってくる。  ユキは跡目を継がないと決めているようだったし、あんなショーに「ネコ」として出て、しかも出さないで逝くという、ある意味「オンナ」としても素質充分な痴態まで曝け出していた。  ただ、詩織莉さんの子飼いの幹部もたくさん居そうではあるものの、あの最大級を誇る組の幹部の中には正妻派というか、敵対している人間もいると考えた方が良いだろう。  それにユキの頭の良さとか咄嗟の判断力はオレも内心舌を巻くくらいなので、ユキこそが跡目に相応しいと思っている人間も居そうだ。  まあ、あんな痴態を(多分)敵対している組の幹部にまで見せたからには失地回復は難しそうだが、それでもユキの資質を高く買っている人もいるだろう。  外見は風にも耐えないという華奢で繊細な感じはするものの、度胸は据わっているのも確かだし。  構成員が多数居る組とオレの店を比較するのも馬鹿らしい数の差ではあったが、ナンバー1をずっとキープしているオレをむやみやたらと敵視してくるナンバー2や3のことを思うと、ユキの属していた組織は――と言っても実務にはそれほど関わっていなさそうだが――更に熾烈のような気がする。 「ところで、ユリ……さんと親しい人間はあの店に居るのか?」  ああいう店で働く人間は二種類居ると個人的には思っている。毒舌は言っても心の中ではその人のことを思い遣っているというタイプで、基本的には「良い人」だ。  ただ、そういう人間は割とライトな店に――それこそ、女性客も気軽に入れるような――集まる傾向にある感触だった。  オレの店の常連のとあるグラビアアイドルも「ゲイバーに行って来たんだ!」と無邪気に言ったことがあったし。  これが他のホストクラブなら由々しき問題だがゲイバーとホストクラブでは競合しないので言ったのだろう。  彼女曰く「女友達のような感じで細々とした相談にも延々と乗ってくれるし、何だか親友に悩み事を聞いて貰う的な感じで、そしてさぁ、このお店だとライバルがいっぱいいるでしょ?リョウ推しのあたしにとっては。でも、ゲイバーの良いトコって、絶対に敵にならないのがなんか癒しになるって感じで良いのぉ!」とか言っていた。  いや、ゲイバーなんだからイイ男を取り合うような気がしたが、そんなことを割と「太い客」に言うわけはない。  ただ、ユリの場合は男だけの遊び場、しかも本番OKの何でもアリという店に務めている。そういう店で生き残るのは――これはオレの店でも同じだが――何かに秀でていることはもちろんだが、気に入らない人間は蹴落とすチャンスを虎視眈々と狙っている、まさに弱肉強食の世界だ。  ユキは無邪気に慕っている感じだが、ユリの方はそう思っていない感じがしたし、その上、あのショーの主役を初体験ながら見事過ぎるほどに務め切ったユキに対して――本人はそう思っていないような感触だが――百戦錬磨のハズのユリは「前座」という、ある意味屈辱的な位置づけになってしまっていた。  そういう「女々しい」感情は普通の女性よりも増幅されているのがあの界隈で働く人に多いらしい。  そして、その復讐というか報復方法も。  そう考えれば、ユリに関する情報を掴んでおく必要は大きいと思い直した。

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