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第54話
「さっき、お客さんからのラインが来たって言っていただろう?その中に、銀行にお勤めの人からも来ていたので、明日にでもあの小切手を現金化する方法を教えて貰おうと思う。
ほら、いくら頭取の弱みを握っているからといって、安心は出来ないだろう?
警察とか検察とかに察知されたらあの店の口座だって凍結される可能性はあるわけだし、そうなったら二億円も文字通り絵に描いた餅になってしまうだろう?
早く引き出して安全なところに移さなければならないと思う」
ユキは籍だけ置いてあった大学に通うと決めているし、その後は実家の「そっち系」の世界とは縁を切る積もりなので、あの二億円は――何でも一般的な日本人の一生分の稼ぐ額が平均二億円だと新聞で読んだ覚えがある――大金のハズだ。まあ、オレだって二億を手にするには100日程度死ぬ気と肝臓を壊す覚悟で働かなければならないが。
「うん、そうだね……。その点はシンに任せるよ。銀行にお勤めの人なら色々知っているだろうし。ほら、どこの世界でも本音とタテマエっていうのかな?そんなのがあるらしいし、蛇の道は蛇――言い方悪いけど、さ――だから。きっと良い方法を見つけてくれると思う。『リョウ』のお客様だから窓口業務とかじゃなくてきっと役付きの女性なんでしょう?
銀行ってさ、まだまだ女性が差別されるみたいだから、その人はきっと優秀な人なんだろうね……。
でも、お父様もお母様も、そして僕の名前もデータバンクにしっかり登録されていると思う。
そうでなきゃ、お父様は会社の代表取締役に見込みの有りそうなホームレスの人の戸籍とか名前を使わないと思うし。
その息子ってことで、僕の名前も載っているだろうし……」
ユキが行為の熱を持て余した感じのため息を零しながらも現実的な言葉を紡いでいる。
そういう切り替えの早さも物凄く好みだ。
家族も――何でも籍を入れない内縁関係でもリストアップの対象になるとか聞いた覚えがあるので――警察は漏れなくリストアップしているだろう。それに、ユキは正妻の一人息子で、次期組長を充分狙える立場だった。あんなショーに出たことで失墜はしているだろうが、そんなことは警察もまだ掴んではいないだろうし。
だから、二億円を入れておく口座を作るのは難しそうだ。
「そうだな……。銀行員は給料払込み口座専用ってやつがあって、今でも利息が15%付くとか言っていた。このゼロ金利時代にも関わらず。
だからお給料口座に入れておくととても得をするとか言っていたし、それにその支店初の課長になったとか言っていた」
ユキの素肌の心地よい熱さとかイチゴのようになった乳首を指で辿って、その汗を纏った匂いやかな素肌の感触を楽しみながら。
「それは凄いね……。確か課長の上は副支店長だったと思う。その女性は相当有能なんだと思うよ……」
籍だけ置いて学校に行っていないとはいえユキの場合は今は病に倒れているお父さんに色々な人と「顔繋ぎ」というか、次期組長になっても恥ずかしくないように色々な場所に一緒に行っていたのだろう。
世間知はかなり高いように思えたし、持ち前の聡明さと順応力で色々なモノを吸収しているのだろうな……と。
ちなみに「課長就任祝い」の何次会かは忘れたが、彼女を慕う女子行員だけが集まる「女子会」と称してウチの店に来てくれた。
その時は、ドンペリゴールドをオレからお祝いとして振る舞った。詩織莉さんのような「太い客」ではないものの、毎月最低でも20万程度は呑んで行ってくれるコンスタントなお客様だし、その銀行は体育会系ともウワサされているらしい。だから先輩のしていることは絶対服従だし、後輩が真似るという傾向にある。だから恭子さんの後輩も時々は呑みに来てくれる。そういう「細くて長い客」を囲い込むのも堅実な方法だ。
それに銀行員は「清廉潔白」というイメージが大切で――この点は清純派アイドルと同じだろう――ホストクラブに通っているというウワサが立つと世間的にマズい。
ホストクラブの一般的イメージは一万円札が束単位で消えていくとか、チャラチャラと男遊びをしているとか言うモノだとは知っている。
ただ、ウチの店ではそういう札束を投げるお客でも、お試し価格の3千円のビギナーさんですら来店したということは絶対に話してはいけないという規則が有って、店のスタッフが「うっかり」SNSなどにでも公開してしまった場合はそのバカなヤツがお客様に示談金を支払うという規則が有るということを最初に説明している。
だから清純派アイドルとして名高い人も、お酒はガンガン呑むしタバコも吸い放題だ。
店内の様子も撮影は禁止されていて、お客様がインスタグラムとかに投稿しないようにスマホは会話とラインだけが使用を許可してある。
まあ、全員が写真撮影OKというグルーブの場合には特例として許すことはあるし、そのお客様がインスタに上げる画像は執行部の許可を貰えればアップ出来るようにはなっているが。
何しろ、インスタグラムとかユーチューブの――詩織莉さんのお誕生日パーティの画像は顔出しNGの人は加工してシャンパンタワーやお誕生日おめでとうございます!と言いながらオレが差し出したプレゼントまでの動画は40万再生されているらしい。同じ人が何回見てもその回数だけカウントされるので、単純に40万人の人が見てくれたとは思っていないが、店の良い宣伝になるのは確かだったので。
「あ、恭子さん、呼び出してすみません。お仕事大丈夫ですか?」
ユキは多分今頃オレの家のベッドでぐっすり眠っているだろうな……と思った。
午後二時の丸の内は忙しそうな会社員やOL達が足早に通り過ぎたりスマホで上司からの指示を仰いだりしている。
「キョウからの店外デートのお誘いなんて珍しいわね。しかも、何?その恰好……」
いかにも「出来る女」というスーツと――課長職になれば制服は着ないで良いらしい――メイクで完全武装している。
「え?この恰好おかしいですか?この辺りだと店の中の服だと浮くような気がして。
オレが浮くのは全く構いませんが、恭子さんの迷惑になってはいけないと思ってア○ヤマで買って来ました」
恭子さんは物凄く可笑しそうな笑みを浮かべている。もう少しで笑い声が出そうなくらいに。
そんなにおかしいだろうか?まあ、店ではアルマーニなので、庶民的なアオ○マのスーツがオレにはミスマッチかも知れない。
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