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第56話
「ここだけの話しにして貰えますか?」
基本的にオレ達の世界で男がお金を出すこともない。一流大学を卒業して熾烈な出世競争――恭子さんの銀行は「メガバンクの中でも最も体育会系」と言われているらしいので男と同じだけの体力や根性も持ち合わせているのだろう――そう言う点はオレ達の世界と似ているような気がする。
「もちろん。口が堅いのもこの仕事では重要だから。
支店を跨って取引きしている顧客様も居るので、例えばリストラで辞めさせられたある人のことを迂闊にも喋ってしまっていてね。それが頭取まで激怒する事態に発展したこともあるから。
ま、リョウも知っているだろうけれど、銀行がどんどん合併して支店が無くなったり統合されたりして行っているでしょ?
その指揮を執った人が結局自分も辞めちゃって、そしてこの世界に嫌気がさしたのでしょうね。とある急成長している企業のオーナー社長の専属運転手に転職しちゃったのね……」
恭子さんの銀行で、しかもそんな役目に就けるのだからさぞかし立派な大学を出ているに違いない。
オレ達にはそういう壁はないものの、銀行とかには学歴も大切だろう。
「え?履歴書でそういうのって逆にマイナスじゃ?」
オレ達の世界でも一応履歴書を書いて来て貰った上で面接をしているらしい。
らしいというのは、オレはまだ役職付きに――会社で言えば管理職だろうか――なっていないからだ。
ただ、ウワサは聞いている。ただ、履歴書はチラッと見る程度でコミュニュケーション能力とか女性受けしそうかという点の方が重視されるのは勿論だ。
「ええ、その人も最終学歴は実際に卒業した公立高校にして、大学の名前は省いたらしいわ。ほら、私が東大卒とか書いたら学歴詐称になって後々問題になるだろうけれども、高校まで本当のことを書いてその後を省略するのはグレーゾーンみたいなの。
それで、違う支店の支店長さんに『あの人を知っているか?』みたいなカマをかけたらしいの。そしたらその支店長は『ああ、ウチでリストラの指揮を執って最終的には辞めた人です』ってうっかり喋ってしまったらしいのよ。
まあ、その後、そのオーナー社長の後継ぎ候補として頑張っているみたいだけど。
だからリョウから聞いた話は絶対に誰にも喋らないって約束するわ。
で、何?
普段は直球で話すのに、珍しいわね。あ、後は上手く躱すっていうワザを持っていたわね、そう言えば……」
恭子さんの言うコトも尤もだった。全然知らないリストラの指揮を執った元行員の話を最後まで聞いてしまったのは、何とか時間を稼ぎたかったからかもしれない。
そんなエリート銀行員がお抱え運転手にまで転落しようが、ホームレスになろうがオレの知ったことではない。
だから普段のオレだと多分話の腰をさり気なく折って自分のペースに持っていく。
まあ、お客さんが失恋したとか仕事で失敗したとかの愚痴なら延々聞くが。そして言い切ったなと判断した時にさり気なくテンションが上がる話しをし始めるのが定石だった。
「大きな声では言えないのですが『み』のつくトコありますよね……。あそこから振り出した小切手が手元に有ります。ただ、その口座もいつ凍結されてもおかしくない団体の末端組織でして……」
恭子さんは事もなげな感じで頷いている。
「もしかして反社かな?ほらそういう繋がりって今でも根強く残っているから」
流石に理解が早いなと内心で思いつつ、どれだけの情報量を流して良いものか未だ迷ってしまった。詩織莉さんや恭子さんの方がよほど決断力に富んでいるような気がしてしまう。
「現在、その小切手を持っている人間も、多分名前を言えば知っている組のトップでしかも息子です。そういう人ってリストアップされていますよね?
ウワサですけど、ヤの組織に属している男性の愛人とか恋人でも警察はマークしているとか」
恭子さんはデザートのケーキをナイフとフォークで綺麗に切り分けながらなるほどといった感じで聞いていた。
「当然組長の家族――内縁だろうが正式な妻であろうが――当然リストアップされるわよ。その女性が産んだお子さんも漏れなく、ね。小切手って額面はいくら?そして裏書きとかはあるのかしら?」
裏書きと言う単語の意味は分からなかったものの――多分、法律とかそういう問題が絡んでくるから聞いて来たのだろうが――何となく医師が淡々とした感じで容態を聞くような慣れというか、滅多な事では驚かないような感触を受けた。
「二億円です。その息子名義で口座って作れないわけですよね」
恭子さんの表情を息を殺して見て恭子さんがどういう反応を見せるか内心ドキドキしていた。大切な恋人であるユキ一人くらいは充分養っていける程度の収入は楽々あるが、二億円は有った方が良いだろう。
「ふーん、二億円かぁ……。組長の息子なのよね?
そりゃ作れないわよ。しかもバレたら預金も引き出せなくなるから……。リョウは口座凍結とかは避けたいわけで、二億のお金はキープしたいのよね」
何だか二億という数字が普通に発音されたのも驚きだった。
銀行は残高が一円でも足りなかったら残業までさせて必死に探すと聞いていたので。
だから一円単位から目を光らせているとばかり思っていた。
ユキのお金は絶対にユキの自由にさせたいが、その方法も知っているような気がした。
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