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第57話

 恭子さんの表情をしげしげと観察してしまう。  どうも恭子さんの銀行での役職では二億円はお金の内に入っていないような感じだった。  まあ、オレもお客さんがパアっと派手に遊んで、シャンパンタワーとかヘンリーⅣなどを――ちなみに詩織莉さんがあのゲイバーで呑んでいたお酒だ―――バンバン注文して下さって、お会計時に2千万円程度になる時もある。現金払いのお客様の場合、銀行で下して来て下さるので、帯封付きの新札というのが多い。一千万円ならば手で掴めるがそれ以上は無理だ。その預かったお金を会計まで持って行くのも仕事のウチだが、その時にはただの紙の塊としか見えない。  しかし、お給料として振り込まれた場合は全く異なるので恭子さんもそんな感じなのかも知れない。  たまに店に来て上司の愚痴とか監督省庁でもある金融庁の重箱の隅を突くような監査の辛さなどを愚痴っている恭子さんとはまるで別人のような感じだった。  まあ、職業柄色々な女性を見て来ているし、その表と裏の顔の両面が有るとか、生理とか更年期障害などで情緒不安定になる人も多数居ることは知っている。 「二点確認するけれど?」  先程とは雰囲気が異なって何だか更にキビキビとした感じだった。多分、銀行内とかで仕事をしている時にはこんな感じなのだろう。  オレの店に来て呑んでいる時とはまるで別人だ。  まあ、店は憂さ晴らしに来るお客様が大半なので自ずから表情も違うのだろうが。 「まず一点目なのだけれども、その組長の息子さん……、リョウとどんな関係かは敢えて聞かないけどね」  恭子さんが意味有り気に笑った。店でもゲイであることをカミングアウトしているので、多分お察し物件のハズだ。 「恋人です。付き合って日は浅いですけど……あらゆる意味で上手く行きそうというか……」  浅いどころか昨日の今時分には存在さえ知らなかった。ただ、そこまで言う必要もないだろう。 「そう、そうだと思ったわ。しかも、その人のことをとても大切に想っているのよね?  リョウには似合わない、アオ○マのスーツまで買わせるくらい」  物凄く可笑しそうな表情を浮かべている恭子さんはオレの即席で買った服がよほどお気に召したらしい。  物凄く安かったのは事実だが、恭子さんの言いたいのはそこではないだろう。  オレの職業的に――しかも近いうちに役職に上がる。役職に上がると店だけではなくてホスト業界全てに顔と名前が知られるようになる。間違っても夜の歌舞伎町の吉野○とかココイ○とかには入れない。  そんな――いや、特に差別はしていないし、個人的には吉○家は大好きだが――庶民的な店に入っているというだけで嘲笑の対象になってしまうのが歌舞伎町の怖いところでもある。  他店のホストが目撃していなくても、ホストクラブの常連さんとかが見ていてアッという間にそういうウワサは広がる。 「確かに……もう着る機会はないでしょうね。  しかし、銀行員としての恭子さんに相談したい件が有ったので。それにアルマーニを着て『いかにもホストです』という男性と会っているのを誰かに見られて恭子さんが困るのも避けたかったので。ほら『アルマーニはホストの戦闘服』とか言うでしょう?」  恭子さんが可笑しそうに笑い声を漏らしている。オレだってたまに冗談がスベる時はある。そういう時の居た堪れなさは未だに慣れないし正直、怖い。 「リョウはそうかも知れないけど、恋人さんはどう思っているのかしら?  リョウのことを心の底から信頼しているのかな?これが一点目の質問」  恭子さんは指を一本立てた。 「物凄く信用はしてくれていると思います。ハッキリと聞いたわけではないのですが、そんな感じは受けました」  ユキに頼り切られているというのは分かってはいた。ただ、恭子さんはお客様でもあるのでそんなにハッキリと言い切っていいのかが微妙だ。だから若干曖昧な返事をした。 「だったら、簡単よ。リョウ名義で口座を開けば良いのよ。  あ、その息子さんには警察に行って『別離状』だったかな?つまり、組からは完全に抜けましたという届出用紙があるハズだから、それを提出したら完璧。  その届出書がなければ、リョウだって『特殊関係人』としてリストアップされるかもだから。  そしてその小切手の預け入れ先に、新しく作ったリョウ名義の銀行口座――ウチの銀行にしてくれれば、物凄く嬉しいんだけど」  冗談じみた口調だったが目は笑っていない。銀行も生き残りが大変なのだろう。  ただ、恭子さんのアドバイスも「その手が有ったか!」と感心したし、ユキはどの銀行でも別に文句は言わないだろう。 「ああ、それは良いですよ。たまたまというか、運が良いというか。まあオレの悪運でしょうが、恭子さんの銀行に口座持っていないので。あれって本人名義の免許書とかの身元証明と後はハンコさえあれば作れますよね、確か」  免許証は財布の中に入っているが、ハンコなんて持ち歩いていない。ただ、そこいらの店で買えば良いだろうと思った。 「有難う!ウチだって二億を入れてくれればとても嬉しいのよ。  じゃ、その線で行くとして、もう一点目ね……」  恭子さんが僅かに眉間にシワを寄せている。二点目の方が難しいのだろうか?

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