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第59話
「取り敢えず口座作って帰ります」
ユキが使うかどうかは――オレの言うコトは基本的に聞くような気がするけれどもユキはユキなりの判断力も持っているし、そういう点が物凄く好みだ――本人に任せることにして、口座を作るだけはしておこうと思った。
「有難う!助かるわ。二億はやっぱり大きいし……」
恭子さんの世界でもそうなのかと思ってしまう。ただ、今小切手は持っていないが。
「あいにく今その小切手を持って来ていないので……。手持ちの金で良いですか?
それとオレが恋人のお金を勝手に使ってしまいそうなリスクも有りますよね?」
ユキはある意味浮世離れしているので、実務面はオレがキチンと詰めておく必要が有ると今更ながら気付いた。
すると恭子さんは店のノリで笑っている。
「やだ、リョウって自分の銀行口座持っているんでしょ?だったら直ぐに分かると思ったのだけど?
預金って通帳とカードの二種類でしょ?基本は。最近ネットバンキングっていう手段も有るけれど。
ネットバンキングのことは取り敢えず置くとして、通帳とカードの両方を恋人さんに渡しちゃえば良いのよ。
まあ、窓口に行って『両方とも無くしました』って言っちゃえば本人確認だけで再発行は出来るけれど、そこまでする気はないんでしょう?
だったら大丈夫じゃない」
あ!そうか!?と思ってしまった。コロンブスの卵というかそこまで考えていなかったというか。
オレは普段、通帳家に置いてキャッシュカードしか持っていないのであまりピンとこなかったのも事実だが。後輩に奢る時にはクレジットカードを使用することも多いが。
「小切手は恋人の了承を得てからにしますが。
――ところで『裏書き』って何ですか?」
小切手は店では扱っていないので全く知らない。ただ、オレの職業柄かもだが、お客さんがどんな話題を振ってきても対応出来るようにならない。
だから知らない言葉が有ったら聞いておく習慣が有った。
「小切手の払い出しの優先順位なのよ。裏に書いてある名前が最優先されるので、表に書いてある人の名前はどうでも良いと判断されるから。
裏に何も書いてなければ、表の名前だけれど」
裏まで見ては居なかったものの、ユキはともかく詩織莉さんなどはそう言う点は熟知してそうなので、さり気なくチェックはしているような気がする。
それにユキに対して――昨夜の打ち明け話で全面肯定しているわけではなさそうだが――保護者のような気持ちを抱いている。
だからそう言う意味では安心だった。
「有難うございます。一つ勉強になりました。やっぱり店ではなくて、こういうランチも良いですね。
基本情報は自分で調べるので、その道の専門家の意見をガッツリ聞ける時間を取るのも良いですね」
そういう意味でもアオヤ○のスーツまで買ってこの店に来た意義は有ったし、新しい知識も増えた。
「小切手を持って店に来る時には、恋人さんも連れて来て欲しいな……って言ったらワガママかしら?」
恭子さんが悪戯っぽく笑っている。
「恋人が良いと言えば……ですね。恥ずかしがるかもしれないので」
ただ、ユキの場合は変に腹が据わっているところも有るので、恭子さんと会うのを嫌がらないような気がした。
それにユキを「恋人」として紹介出来るのはオレ的にも嬉しいし。
ユキもそうだったらとても嬉しい。今頃はもう起きているだろうか?それとも昨日の肉体的・精神的な疲労回復のためにまだ寝ているかも知れない。
口座を作って恭子さんと別れた。
マンションに無事に帰って来てキーをかざすか、それともチャイムを押すか一瞬迷った。
何だかチャイムを鳴らしてユキを起こすのも悪いような気もするし、「おかえりなさい」と言われたいような気もした。
とりあえず、チャイムを押すことにした。
寝ている可能性は有ったが。
「シン?お帰りなさい」
ドアを開けてくれたユキのTシャツ姿がとても初々しくて、しかも昨夜の余韻を残して薫るような雰囲気だった。
しかも、オレの部屋には珍しい香りが漂っていて、ユキを迎え入れて本当に良かったと思いながら「ただ今」のキスをした。
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