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第60話
「良い香りだな……。何だか昔実家に居た時のことを思い出してしまう。『お袋の味』みたいな。こんなふうに食事まで作ってくれたのはとても嬉しい。
ユキは料理出来たんだな……。ほら、服の買い方とか知らなかっただろう?ユキの環境ではある意味仕方ないので、別に責める積もりではなくて……。
だから料理とかも出来ないと思い込んでいた。
恭子さんとランチを摂った直後だったが、ユキが作ってくれたのかと思うと「別腹」のように思えてくる。
テーブルに並べられた出汁巻き卵とかホカホカ湯気が立っている、具たくさんの味噌汁とか、焼き魚が妙に懐かしい。
オレは自炊なんてしないし、仕事帰りに吉野家に寄って味噌汁も注文することもあるが、オレが小さい時に飲んだのとは全く違う。その頃はその味が当たり前としか思っていなかったが。
「居候でしょ?何かシンの役に立ちたくて。お金なら栞お姉さんに貰ったのが残っていたし、スーパーマーケットがどこに有るかとかは分からなくって廊下ですれ違った主婦って感じの人に聞いた。それに料理はね、お母様に教えて貰っていたから。ほらお母様って組の運営とかは全く分かっていない人だけど、料理を作るのが大好きで、寂しそうに――だってお父様がこっちに来てくれるかどうか分からないんだ。栞お姉様のお母さんの方に行っちゃうことの方が多くて――作っていたから、せめてもの慰めというか、お母様の笑顔が見たくてサ……。どうせ、屋敷に居たってすることがないし。勉強以外は……」
早速テーブルに付いてユキお手製の料理を味わった。
「空腹は最高の調味料」とか言うらしいが、空腹じゃないオレでも物凄く美味だった。
ついつい、ご飯も二膳目をリクエストしてしまうくらいに。
「料理なんて出来ないと思っていたんだが、物凄く美味しい。ユキのことがもっと好きになった……」
心の底からそう思って告げるとユキの顔が薄紅色の満面の笑みを浮かべている。
「良かった。こんな大理石の台所とかガスが使えないオール電化を使いこなせるかどうか内心ドキドキだったし、使い方が合っているか一々ビビりながら作ったんだけど、シンが喜んでくれて本当に嬉しい。
こんな料理で良かったら毎日でも作るよ。
居候って何かで貢献しないといけないんでしょ?
ウチの実家は住込みの若い衆が掃除や洗濯とかもしていたので」
ユキは多分オレの帰りを待って食べずにいたらしく、オレよりも早くお皿の上を空にしていく。純和食のメニューなのにウチに有るのは洋食器だけなのでミスマッチだが、そんなことは気にならないほど美味しい。ユキのお母さんは「深窓のご令嬢」がそのまま奥さんになったとか聞いている。だから料理を無聊を慰める意味も有って作っていたのだろう。
そしてユキもその手伝いをしている内に覚えたのだろう。ユキの頭の良さだと一回手伝ったら大体は記憶出来そうだし。
「居候だなんて思っていない。同棲――って分かるか?恋人同士が一緒に住むことなんだが、オレの場合ユキとは同棲だと思っているから」
出汁巻き卵を口の中に放り込みながら告げた。ユキのお母さんは関西ではメジャーな組から東京に嫁に来ただけあって、甘みはない。
オレは正直甘みのある方が好きだったが、関西風もユキが作ったという点で悪くないなと思ってしまう。
「銀行にお勤めの恭子さんという人に会って来た。小切手の払込先の口座はオレの名義で作って来た。
そこに二億円を入れて良いか?」
ユキはしばらく考える感じで黙っていたが、結論が出たらしくてやや切れ長の瞳を嬉しそうに瞬かせている。
「うん、シンとそして恭子さんがそれで良いって判断したんでしょ?
だったら僕はそれに従うよ。あの二億円だって名義は僕だけど、『リョウ』の協力なしではあんなに高額にならなかったと思う。せいぜい半分くらい、ううん、違うな。
最初の時に『リョウ』さんの的確なアドバイスがなかったら、僕の身体の中も傷付いていたし、お客さんを満足させられなかったと思う。
だから半分はシンというか『リョウ』さんのお蔭だもん」
まあ、最初に男を受け入れるコツを教えたのは確かだったが、それ以降はユキのアイデアが優れていたと思う。
「いや、あれはユキのお金だから、口座凍結とかになる前に早くオレ名義の口座に移しておいた方が良い。
オレ名義と言っても、キャッシュカードと通帳、そして印鑑はユキに渡すのでオレが勝手に使うこともない。それは約束する」
ユキはぷっくりした唇に花のような笑みを浮かべている。
「シンのことは信頼して良いって個人的にも思うし、栞お姉様もそう言っていたので、信じるよ。小切手を現金化というかシンの口座に移すのは賛成だし。確か、銀行の窓口が開いている時間帯に行かなきゃならないんだよね?」
ユキは壁に掛かった時計を見て何だか天使が焦っているような表情を浮かべている。
「そうだな……。ああ、その恭子さんは『恋人を紹介して欲しい』って言ってた。
何なら今から行くか?」
ユキの薄紅色の顔が更に紅さを増しているのもとても可愛かった。
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