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第61話

「え?恭子さんって『リョウ』のお客さんでしょ?そういう人に恋人を会わせても良いの」  ユキが嬉しそうな中にもどこか遠慮がちなのは大変好ましい反応だった。  これがバカな人間だったら「恋人です!」と紹介されたいとだけ思って後のことは考えない。そしてもっとバカなヤツは単なるお客さんに嫉妬するだろうなと――同性ならまだ分かるがオレが男にしか興味がないと言っているにも関わらず――思える恋人未満も居たことは事実だ。 「ああ、別に店ではオレがゲイであることは隠してないし、恭子さんもユキに会いたがっていたから良いと思う」  最高に美味しかった昼食を食べ終えると、ユキに皿洗い機の説明をしがてら――オレも全機能を使いこなしては居ないが――台所に立つという「所帯じみた」ことをした。  そういうのが意外にも楽しいと思ってしまうのは、ユキの興味津々といった感じの楽しそうな笑みとか、長めのTシャツから露出した白い肌が昨夜の余韻でほの紅く染まっているのを見ることが出来たからだった。 「僕もスーツとか着なくちゃいけないのかな?」  ユキが素朴な疑問というふうに細く長い首を傾げているのも艶っぽくてそして可愛い。 「いや、ユキはまだ大学生なんだからそのままの格好で良いと思う。別に銀行はドレスコードとかはないんで。  恭子さんの案内で口座を開設に行った時に――ちなみに彼女は窓口業務をしているわけではないらしくて、一緒に窓口に行ったら制服の女性が目を丸くして一瞬フリーズした後で、営業スマイルを浮かべていたのも面白かった。  普段ならオレも同じく営業をしたかったが――「チャンスの神は前髪を掴め」とか言うので細い客であってもお客さんは貴重だ――ただ、アオヤ○のスーツを着ているので自粛した。やはりアルマーニとかを着ていないと職業モードにはなりにくいのかも知れない。  その銀行内では普段着の女性とか普通に居たので、ユキも――まだ通っていないものの――大学生ちっくな「Gユー」で良いだろう。 「そうなんだ……。じゃあそうする。一緒にお出かけは嬉しいんだけど、もしはぐれたらどうしよう?東京って人が多いでしょ?」  内心え?と思ったが、ユキの場合屋敷の奥でひっそりと暮らしていて、時々父親と「仕事の顔つなぎ」として出掛けていただけなので、そういうモノかとも思ってしまうが。 「ユキはスマホとか持っていないのか?」  多分そうだろうなと思ったら案の定ユキがコクンと頷いた。 「僕は必要なかったし……。だって外に出る時はお父様とその部下と常に一緒に居たんだ。  ほら、色々と物騒なことが有るでしょう?だから単独行動はダメだったんだ。だから、必要ないので持っていない。それに電話をかけるような友達もいなかったし。栞お姉様からのたまに掛かってくるのは家の電話だったんで……」  ユキが淡々とした感じで言っている。ユキは賢いので必要だと思ったら、それなりに可愛がってくれていたっぽいお父さんに頼んでいただろう。それに「そういう世界」の御曹司だったので構成員がお年玉とかをくれるとか聞いている。そして、オレの世界でもそうだが、あっちの世界だって金銭感覚が一般とは異なっている。  オレの場合、昔お母さんがお年玉を殆んど「貯金に回すから」と言って取り上げていた。  ちなみにその「貯金」がどうなったのか知らないが。  ただ、ユキのお母さんはそんな「庶民的」なことをするとは思えない。  そしてユキもそのお年玉は綺麗さっぱり使うタイプではないので貯めてあるような気がした。  ただ、屋敷にはもう戻る気もないし未練もなさそうだったのでお年玉の件はスルーしようと思った。 「だったら、銀行に行ってからスマホの契約しに行こうか?」  ユキが初々しい紅色の唇を引っ張っている。そういう幼い感じもとても可愛い。 「うーん、だって……それってお金かかるでしょ?居候じゃなくて……同棲させて貰っているだけでシンの負担が増えているのは事実だし、何だか悪いかなって……」  ユキのほの紅い頬をツンと突いた。  肌の弾力がプルプルなのは昨夜から知っていたが、本当に触り心地が良い。 「ユキ、銀行に行ったらあの小切手が現金化されるんだぞ?  2億円全部を入金するんじゃなくて、スマホ契約代くらいは残しておいて、そのお金でスマホを入手したら良いと思う」  スマホ契約代くらいオレが支払っても良かったが、ユキの場合そういうのは負担に思うタイプだろう。 「あっ!!そうかぁ。それは気付かなかった、シンってやっぱり頼りになる最高の恋人だよ」  ユキがオレの首に手を回して、唇を重ねてきてくれた。 「じゃあ、銀行に行こうか?小切手は忘れずに持って来てくれ。  あ、あと学生証とか持っていないだろう?だったらスマホ契約もオレの名義だけ貸す。  お金はちゃんとユキの口座――ま、こっちも名義は違うけど――から引き落とされるようにすれば良いだろう?」  文字通り身一つでウチに来たユキが財布などを持っていないのは知っていた。  それ以前に、籍だけはあるという大学の学生証が発行されているのかも分からないが。  ユキのような可愛過ぎる人に恋人として頼られるのはとても嬉しい。  そしてプルっとした唇の感触も、素敵だった。

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