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第64話
オレは銀行の内部のことは良く知らない。恭子さんからの愚痴とかを聞いたりドラマで観たりする程度だ。
オレの世界では女性客が落としてくれたお金の総額が営業成績になる。そういうモノなのかどうか分かっていない。
しかし、ユキの場合は――お父さんのダミー会社の社長を通じてかも知れないが――何となく内部のことも知っているような気がした。
ユキの実家の組のフロント企業がいくつあるのか知らないが、イザとなればお父さんと一緒に交渉の場に出たり銀行上層部との暗い繋がりとか有ったりしそうだ。
「定期預金になさいますか?と申しましてもご存知の通り金利はほぼ付かないのですが……」
そんなことは分かっている。ただこの小切手が無事に決算?決済?専門用語は詳しくないので良く分からいが、オレ名義の口座に振り込まれるかどうかだ。
それが出来ない場合は、ユキから手渡して貰った小切手はただの紙切れになってしまう。
「えと。すみません。生意気を申し上げるようですが……。僕の経験上多額のお金を預けるのであれば、金利も少し上げるのが筋ではないんですか?
ほら、逆にお金を貸す方に回っても、信頼のおけるお客には低利で貸して危ない客には高利で貸すのが普通ですよね。
銀行では貸さない人って居ますよね。担保がないとかで。
そういう土地とかを持っていない人がサラ金に借りに行きますよね。それでもNGだった場合は……お分かりですよね、申し上げなくても……」
ユキがテキパキと言っていく様子が水を得た魚のような感じだった。
そういう賢いところとかメガバンクの銀行の支店長に対しても腹の据わった交渉が出来るところとかも。
「そうですよ、支店長。二億円ですよ……。これでウチの支店のノルマがかなり楽になります。それに、ウチじゃなくて信託銀行に持って行かれたりすると大変です。しかも直接来店して下さっているのですから、この際外貨建ての金利程度にしてみては如何でしょう?」
恭子さんがナイスパスをしてくれた。もしかしてユキはそこまで読んでいたのかも知れないなとフト思った。
「そうですね……。取り敢えず稟議書を上に回りますので、今日お返事は致しかねます。
私の権限では、2%しかお約束は出来ないことになっておりまして」
え?金利はほぼ付かないとか言ってたのはハッタリというかタテマエなのだろうか。
0%か2%かだと金額がでかいので全然違うのではないかと思ってしまった。
恭子さんがもっと言え!というような表情を浮かべている。
「同じ三○でも信託銀行とか有りますよね?あっちに持っていっても良いのですが?」
信託銀行と普通の銀行の違いも知らなかったが先程恭子さんが言っていたのでハッタリをかましてみる。
すると、支店長の顔がスウッと真っ青になった。銀行も色々厳しいらしい。
オレの世界の方が厳しいのかと思っていたが――ノルマ達成が出来なくて辞めて行く人間の方が多いのも事実だ――銀行も恭子さんのランチでリストラとかそういう話を聞いてしまった。
「そっちの銀行でも新規口座って開けるのですか?確か同じ銀行だと一人一個しか作られないと聞いていますが?」
半ば腰を浮かせると、支店長が必死な感じにスーツの裾を掴んで来た。
「あのう、明日一番で上に回しますので明日の3時までにお返事致しますので、しばし猶予を頂ければ幸いです」
さっきのゆっくりとした感じではなくて必死な感じだった。
やはりノルマがキツいのかと切実に思ってしまう。
「分かりました。では明日の3時にご連絡お願いします。来店した方が良いのですか?」
ユキと恭子さんのお蔭で2%は確実らしい。
「いえ、そんなご足労をお掛けするのは申し訳ないので、お電話で大丈夫です」
オレが差し出した小切手を何だか強奪するような感じで持って行かれた。
本当に大丈夫なのかと心配になってしまった。隣のユキは動じない感じで背筋を伸ばして座っている、端坐という感じで。
何だかオレ一人がビビっている感じでバツが悪かったが。
ただ、あの店が「そっち系」なのを知ってしまったので、ウワサに聞いていただけの「怖い話」が俄かにリアルになった気分だ。ただユキの落ち着き具合は場馴れしているのかも知れない。
「こちらになります」
支店長自らが――本当は恭子さんが動くか先程お茶とお菓子を運んで来てくれた女性行員さんとかがする仕事のような気がする――通帳を持って帰って来た。
さてどうなるのか物凄く気になって思わず固唾を呑んでしまった、この場でオレだけが緊張しているような気がする。
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