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第67話
「どこか、タクシーの拾いやすいところで下りるか?」
ユキは細くて長い白い首を傾げている。
そういう仕草をしている時には肌の白さも相俟って本当に白い胡蝶蘭のような趣きだった。
話してみれば――少しだけ浮世離れしている点は仕方ないと思う。ユキの置かれた環境が環境だったので――しっかりしているとはいえ普通の大学生っぽく見える。まあ、ウチの店はかなり強気設定なので現役女子大生は来ない。まあ、モデル事務所に所属している人で、その事務所の女所長に連れられてくる場合は有ったが。
ただ、オレの太い客でもあるその女所長は事務所に入ったモデルには「プロ意識を持ちなさい」と教え込んでいるので、彼女達は物凄く控え目だったし、大学生という感じは全くない。
だから現役の大学生を知らないっちゃあ知らない。最近はパパ活とか言って女子大生がお金持ちと付き合って豪華なレストランとか業界人の集まるパーティに連れて行って貰うとか聞いているが、ウチの店は男性NGになっているので、そういうパリピとかいう人種はやって来ない。
ただ、オレが大学生をしていた頃のことを考えると、ユキなどは大学に通っていないとはいえ、テストの時にはとても頼りになる友達といったイメージだった。
イマドキの大学生は違うのかもしれないが。
「シンのお店……外観だけでも見たい、な……。迷惑だったら止めるけど。
だって大好きな人がどんなトコで働いているのか知りたいとかって思うのヘンかなぁ?」
頬が薄紅に染まっているのも最高に可愛い。
それにオレの職場――と言っても中に入らす気は全くなかった。
ユキにはこういう水商売よりもカタギの道に進んで欲しかったので。
と言っても親の名前とかで大学にキチンと行っていたとしても就活では撥ねられるかも知れなかったが。
そういうカタギの会社の内部のことは分からないので恭子さんにでも聞いてみようと心にメモした。
「いや、むしろ嬉しい。ウチはスタッフ以外男性の入店禁止だから、本当に外からしか見られないんだが、それで良いか?」
好きな人のことを色々知りたいと思うのは人情だろう。つまりはそれほどユキに好かれているのかと思うと鼻の下が伸びてしまいそうな気がした。
ただ、そんなある意味みっともないことはしたくないので慌てて顔を引き締めてしまったが。
ただでさえ、オレの愛車は道行く人達とか隣り合った車の運転手とか同乗者の注目も浴びるような車なので、誰に見られているか分からないということもある。
丸の内ではなくて新宿なので誰に見られてもナンバー1ホストとして相応しく有らねばならないのは当然のことだった。
「うん!それで充分だよ。シンが邪魔の邪魔はしないって決めているから。
だってさ、ウザくすると愛情が冷めるって、どっかで読んだ気もするし……」
告白して最初のデート(?)だというのに、もうそんな心配をしているのかと思うと更に可愛くて仕方がなくなる。まあ少し順序が違ったような気がするが、オレはユキのショーに対する姿勢とか「初めて」というある意味極限状態の中で見せた――二人きりで夜を迎える時ですら緊張するというのに――賢明さとか臨機応変さが最高に素晴らしいと思ってしまったのだから仕方がない。
外見も割と好みではあるが、ド・ストライクというほどではない。それよりも惹かれたのはユキの外見とは裏腹に度胸が据わっているところとか、そんな極限状態にも関わらずお客さんを愉しませようとしたところだろう。
オレも客商売だから分かるが、やはり自分が落ち込んでいて、暗い顔を懸命に隠しても直ぐに見透かされてしまう。
だからユキのようにあんな残酷な見せしめとでもいうべきショーに対しても前向きに取りくむ姿に惚れた。
「いや、別にウザくはない。というか、オレのことに興味を持ってくれて嬉しい、単純に」
ハンドルを握っていなければ頭を撫でてしまいたいほど無邪気で可愛い笑みを零す恋人を助手席に乗せて車を走らすのも楽しかった。
「今度さ、Gユーの店でもユニク○でも良いから一緒に行ってオレの服も買ってから上野とか浅草辺りにでも一緒に行かないか?
新宿御苑は……もしかしたら客とか同僚とかに遭ってしまうかもだし」
ユキは鈴のような笑い声を上げている。
そんなに可笑しなことを言ったのだろうかと思っていると、ユキがオレのウブロの腕時計を細い指で差している。
笑い過ぎで少し震えている指の――昨夜は薄紅色に染まって綺麗だったが、今日は純白の胡蝶蘭そのものだった――先まで可愛い。
「そんな滅茶苦茶高いウブロの特注の腕時計とかさ、アルマーニのスーツをビシっと決めて、しかも髪型も凄くカッコ良いのに、そんなシンがGユーとかユニク○を着ていると思っただけで可笑しいよ……」
ロレックスはともかくウブロ――何語か分からないが少なくとも英語ではないので、読めない人の方が多いし、確かに高価だがそんなにメジャーではないので何故知っているかと思ってしまった。
しかし、思い当たることも有った。時計というのは男の名刺代わりにもなる。まあ、名前とか所属先とかは分からないものの、例えばロレックスの時計を着けていればそれなりのお金持ちだと分かるので――まあ、台湾とか中国とかで偽物を買ったりそこいらの屋台の露天商から買ったりしていないのであれば――儲かっているアピールは出来る。
そしてユキの実家は知らない人が居ないのではないかと思われる893の組長だ。
そして、あちらの世界では「派手こそ美徳」とか言われているらしいのでダイアモンドを埋め込んだロレックスとかも珍しくはないとか。
だからユキもこの時計が高いことが分かったのだろう。
「さて、ここが従業員専用駐車場だ。お客様――ほら、昨日の詩織莉さんみたいに店外デートに誘いだしてくれる場合はちゃんと中央のエントランスの方に回すけど、な」
お客様の目の届かないところは手入れもぞんざいなのは仕方ないだろう。
その駐車場に車を停めて、チラッと腕時計を見た。まだ、もう少し時間は有る。
「エントランスって、さっき見たけどなんかヴェルサイユ宮殿みたいだね。凄いなぁ……。こういうところで働いているのかぁ……。
そしてナンバー1なんでしょ?もっと凄いと思うけど」
ユキが驚嘆のため息っぽい感じで言葉を紡いでいる。
その時車の窓が叩かれてユキの横顔を見ていたオレは慌てて反対の方へと向いた。
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