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第68話
「オハヨーございますっ!!今日は珍しく遅いっすね。って、助手席の人、もしかしてスカウトですかぁ?」
そう声を掛けて来たのは後輩のアキラだった。人見知りしない性格と底抜けの明るさで場を盛り上げるので水商売関係とかの指名が多い。
「お疲れ様。いや、そう言うわけではなくて、恋人だ。職場を見たいと言ったので連れてきただけで、ウチの店で働かせる積りは全くない」
童顔で愛嬌のあるアキラは口笛と共に拍手をした。
「ええっ!!ガチですかぁ?いや、リョウさんがそっちの趣味の人っていうのは有名ですけど、実際に恋人連れて来たのは初めてですよねぇ」
客でもホスト見習いでもないと分かったアキラは不躾にもしげしげとユキを眺めている。
お客さんの前でなら絶対に叱責するところだが、こっちだって恋人同伴――と言っても駐車場までという約束だった――何だかお互いが悪いような気がしてしまって叱れない・
「あっと、ヒロユキっていう名前で大学生だ。こっちはアキラ。オレの同僚だ。ま、同僚といってもそんなに売れていないが」
アキラは愛嬌いっぱいの顔で豪快に笑った。
「リョウさん、それは酷いっすよ。一応先月のナンバー4です。
へー、ヒロユキ君って大学生なんだ。だったら18以上だろっ?ウチの店でも働ける年齢だよな……」
この業界では名字を名乗る必要性もなければ、源氏名で通用する点は有り難いけれども、アキラの言いぐさには看過出来ない点満載だった。
「あ、初めまして。洋幸と言います。一応、リョウさんの恋人です。
けれど、僕は大学に行かないといけないんで、アルバイトはちょっと難しいですね。
今日はどんな場所でリョウさんが働いているか知りたくて少しだけワガママをゆってしまってすみません」
どう言い繕えば良いのかと考えている間にユキが丁寧な会釈をしてから自己紹介をしている。
「いえ、こちらこそ宜しくおねしゃーっす。洋幸君かぁ。
バイトでも良いけどウチで働いたって良いと思うけど。
だって、マジ可愛いし、熟女さんとかにすっごく評判になるってリョウさんも思いませんか?」
アキラの調子の良さは相変わらずだが、満更口だけではなさそうで、ユキの顔とか上半身を値踏みするような感じで見ている。
「いや、恋人はあくまで大学生なので、そっちを優先させたい。
だからバイトはNGだ」
そもそもユキが持っている通帳の残高を見たらお調子者のアキラですらビックリするか通帳とハンコ、もしくはカードを持って逃亡を企てそうなくらいの金額が印字されている。
それに、こういう水商売の――オレには天職だと思っているが――色にユキを染めたくはない。
「惜しいっすね……。こんなに可愛いのに……」
アキラはノーマルだが、ナンバー4を張っているだけあってそういう嗅覚は充分持ち合わせている。オレも認めるのにやぶさかはないものの、他人から恋人を褒められるのは――しかもスカウトしそうな勢いで――胸を張りたいような背中がムズムズするような複雑な心境だった。
「そろそろミーティングが始まる時間じゃないか?
ユキ、さっきのヴェルサイユ宮殿みたいな玄関の前なら結構タクシーは通りかかるから、それに乗ってマンションまで直接帰ってくれ」
単なる業務連絡の積もりだったがアキラは物凄く驚いた表情をしている。元々がアイドル系の愛嬌もあるものの整った顔立ちなのに、その自慢の顔が台無しになるほどの驚きぶりだった。
「ええぇぇっ!!って、どーせーしてるんすかぁ?ガチでぇぇ?」
正直に答えるか誤魔化そうかと一瞬悩んだが、ユキが細い首を微かに傾げてからおもむろに花のような唇を開いたので、任そうと思った。オレ的には同棲している恋人が居ることを別に隠す積もりもないような気もしていたし。
色恋営業は――要するに「店内・アフター限定」で恋人を演じるような安っぽいホストのことだが――オレもするつもりもなかったし。
「同棲って一緒に住むことですよね?そう表現出来なくもないんですが、実際はただの居候というか、行き場所がないのでリョウさんのご厚意に甘えているだけなんです。
じゃ、リョウさん、僕はこの辺で失礼します。
お仕事頑張って下さいね。あ!アキラさんも。じゃあ僕は玄関まで回ってタクシーを捕まえます」
ユキは、多分厳しく仕込まれたに違いない優雅な会釈をしながら挨拶をしている。
その声にアキラは弾かれたように助手席の方へと回ってドアを開けて、大切なお客様が到着した時みたいな感じで恭しく助手席に回っていた。
当たり前だがウチの店はアルコールをどれだけ呑ませるか――いや、ホストも呑むが、オレみたいな自動車通勤の場合は、それこそ詩織莉さんが大好きなヘンリーⅣだろうがなんであろうが、それらしいボトルに入ったウーロン茶などが運ばれてくる。まあ、ノリで呑むことはあるが、基本的にはノンアルドリンクで酔ったハイテンションを演じているのが普通だ。
まあ、アキラレベルではなくてここから自転車で通ってくる程度のホストならじゃんじゃん呑んで場を盛り上げるのも仕事のウチだが。
まあ、そういうコニャック一気飲みとかがお客様からの無茶な注文が入ったら、無理やり呑んで後でトイレに籠るというのが定番になっている。オレも新人時代はそうだったので。
「大丈夫です。こんな綺麗なところで働けるなんて良いですね。本当にワガママ言ってしまってすみませんでした、リョウさん……。
では、雑炊でも作って待っています」
アキラが開けてくれたドアからすらりと立って満面の笑みを浮かべているユキもとても可愛い。しかも、流石に育ちのせいなのか、王子様が従者を労うような感じでアキラにも「有難うございます」と冷たく抑揚のない感じで挨拶している。
まあ、Gユーにソフト○ンクの紙袋といった「庶民的」な格好だったが。
「ああいう人が本当に居るんすね……」
従業員用の扉を開けながらアキラが感心したように言った。
「ああいう人」というのがどういうモノなのか知りたかったが。
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