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第72話

「少し失礼します。お二人でガールズ・トークでもなさっていて下さいね」  二人は声を揃えて笑ってくれた。 「ガールって言うほどの年じゃないと思うけど?」 「そうそう、詩織莉さんがいらっしゃるのだから、レディス・トークとかそういう名前にしないと失礼じゃない?」  恭子さんは職場に居る時よりも紅いルージュで笑っていた。まあ、お堅い銀行では――上層部は色々問題が有るのかもしれないが――こんな真っ赤なルージュはNGなのだろう。 「レデースって、何だか暴走族を連想させますね。だから敢えてガールズにしたのです。え?そんなの都会に居ない?ああ、ウチは八丈島という田舎なんでまだ棲息していますよ。まあ、バイクも買えない人間が多々居るので、耕運機に颯爽と跨って20キロ程度で疾走しています」  オレの言葉に二人とも華やかな笑い声を立てている。 「え?リョウって八丈島なの、出身は。島根県とか聞いた覚えがあるのだけれど?」  詩織莉さんが柔らかく微笑みながら突っ込んで来る。 「八丈島から島根に引っ越しました。親の仕事の関係で……。それに八丈島って、昔は江戸幕府に逆らった罪人でいわゆるインテリ層が島流しに遭った場所なんです。そしてその地の女性と関係を持っていっぱい子供が出来たそうです。  だから賢い人間が多いというのがマサチューセッツ工科大学博士の論文に書いてありましたよ。では少し失礼します」  もちろん八丈島生まれでもないし、マサチューセッツ工科大学がそんな論文を出すわけはないのは承知の上の言葉遊びだ。  学者さんの世界では論文引用とか、エビデンスとかが物凄く重要なのは知識として知っているが、こんな酒席の場所では面白おかしく言ったモノ勝ちだ。  狙い通りの笑い声が弾けているのを背中で聞きながらトイレへと向かった。  当然ながらお客さんの前でスマホを弄るなんて絶対にNGだ。  ただ、他のお客さんからのラインとか、オレが密かに期待しているユキからの連絡かも知れないので、そういう時には男性用のトイレで――従業員は男ばかりなので、お客さんが入って来ない――スマホを取り出した。  表示欄にはラインではなくて今時珍しいショートメッセージだった。  あ!これはユキだなと思いながら画面を見た。 『お仕事中にごめんなさい。無事に家に着きました。あとスマートフォン取扱説明書だけでは分からないことが有るので、シンのPC見ても良いかなあって。  そして、誰よりも先にシンにメッセージを送りたいと思ってポチポチって入力しています。迷惑だったら本当にすみません。   愛を込めて ユキより』  当然ながら店舗でオレの電話番号は入れてもらっていた。だからユキもこういうメッセージを送りたいと思ったのだろう。それに「誰よりも先に」――ちなみにこの業界ではこの言葉ほどアテにならないモノはないが、ユキの場合は真実に違いない。そういうお世辞とかとは無縁の世界で生きてきたのだから。 「迷惑だなんてとんでもない。ユキのメッセージを見ると仕事に頑張ろうと思えてくるので大歓迎だ。PCはロックが掛かっているのでパスワードは……。  あとラインのアプリを入れておいた方が良いな。そっちも分からなければPCで検索したら出て来るので。  オレも早く帰ってユキの可愛い顔が見たい。愛している、ユキ。  あ!今店に詩織莉さんが来ているのだが、彼女にこの電話番号を教えて良いか?」  半分しか血が繋がっていないけれど詩織莉さんはユキのことを大切に思っているのは知っている。ただ、いくら身内とはいえ本人に断りなく番号を教えるのもマズイような気がした。 「うん。良いよ。『栞お姉さんに僕は幸せに暮らしてます』って伝えてくれたら嬉しい」  そう返信が即座に来たのを確認してからフロアに向かった。ヴェルサイユ宮殿風の――と言ってもオレは行ったことはないが――絢爛豪華な「虚栄」の空間へと。  従業員控室などは色気のないロッカーやパイプ椅子、そして安っぽいテーブルしか置いていないので。  まあ、昨日のショーの合間にユキと行った控室もそんな感じだったので、裏方にはその程度しかお金は掛けないんだろうなと思いつつ。 「そうなの……。預入れよりは、お金を貸す方が銀行には貢献出来るの?」  恭子さんの勤める銀行に二億円を移したことは詩織莉さんにもチラッと話した。  そこから話題が発展して銀行の愚痴というか打ち明け話になったのだろう。 「お待たせしてすみません。クイーンズ・トークは盛り上がりましたか?」  ワインのボトルにどれだけのお酒が残っているかとか、フルーツの盛り合わせが足りているのか素早くチェックをしながら席についた。  何しろ――まあ、そのお客さんの懐具合とかアルコールの強さや弱さを計算に入れてはいるものの――じゃんじゃん呑ませて気持ち良くお金を遣って貰うのがオレ達の仕事なので。 「レディからクイーンに格上げして下さって嬉しいわ。今は恭子さんの話を聞いているところなのよね。何でも、入金は嬉しいけれど、もっと嬉しいのは借り入れてくれるお客さんらしいわよ。  あ!同じのをもう一本お願いするわ」  詩織莉さんも恭子さんもアルコールには強い方だ。ただ、高価なロマネをバンバン入れて貰えるのは正直有り難いが、恭子さんのお財布に響かなければいいなと思ってしまう。  詩織莉さんは人気女優だけあって収入は多い方だろうが、恭子さんの場合はケタ外れのお給料を貰っているわけではなさそうなので。  ただ、詩織莉さんが恭子さんの意見を聞かずに注文したということは、この夜の勘定は全て持ってくれる可能性の方が高い。 「え?そうなんですか……。どっちも同じだと思っていました」  大袈裟なリアクションではあったが、本心から驚いていることだけは確かだった。

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