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第73話

 オレは高千穂商科大学を一応卒業していると言っても、みっちりと勉強したわけでは全くない。  それどころか必修の科目ですら良い抜け穴というか裏道というか、そんなんばっかり探していた。  そしてダチだった友達に誘われてホストの世界に飛び込んだ話はユキにしている。  そいつもワリの良いバイトをどこからともなく探してくる人間だった。  今思えば、チラシとかのモデルを派遣する――お世辞にも一流とは言えない――事務所に所属していたのだろう。そして「同じくらいのルックスの友達が居たら頼む」とか言われていたんだな……と。そして大体そういう時には紹介料みたいなものが支払われるとこの世界に入って知った。つまりは友達は紹介料を――もしかしたら吹けば飛ぶような弱小だったのでそもそも紹介料なんてなかったのかも知れない――自分の取り分にした可能性がある。ただ「春のフレッシュマンセール」とか「就活に差をつけろ!」とかいうチラシに載ったことはある。そういう場合はきちんとギャラが支払われたので、当時は微塵も疑ってなかったが。  そんなこんなで、銀行とか会社のコトはよく知らない。 「リョウが入金してくれたお陰でホント助かったわ。  やっと、この時間に来れたのも、本店に提出する稟議書を書いていたからなの。ほら支店長が利息について色々考えますって言ってたでしょ?あんなのは一支店長の独断専行で決められるわけではないので、本店に許可が必要なの。  結果は、明日の電話のお楽しみ、ね!!」  恭子さんは悪戯っぽく微笑んだ。なんとなくユキが言った利率以上で妥結しそうな気がしてきた。 「さっき恭子さんに聞いてとても驚いたわ。久しく会っていない弟がそんな立派な大人になっているなんて……」  オレが席を外している間にユキと詩織莉さんの実の関係を話していたのだろう。恭子さんは少しも驚いた表情を見せていないので。 「話を戻すとね、銀行は一個人とかから集めた預金を一括して企業に大きな金額のお金を貸すのよね。だから資金力はあった方が良いのは良いのだけれど、良い借り手が見つからなかった場合とかは利息収入がなくなるの。だから借りてくださる――といっても土地とかの担保がなければ貸さないけどね――お客様絶賛募集中よ!!誰か居ないかと鵜の目鷹の目なのよ」  恭子さんがごく薄いピンクのネイルで塗った細い指で空間を切り裂くような勢いで言っている。  預金のノルマもそんな感じがしたが、もっと大切なのはお金の借り手らしい。  間違っているかもだが、オレの店でも大量の高価なお酒を購入する。しかし、購入したお酒が売れるとは限らない。  詩織莉さんはヘンリーⅣのブランディが最も気に入ってくださっていて、オレがユキのショートメッセージを見るために席を外している間にロマネではなくヘンリーⅣをオーダーしたらしく、テーブルの上に白いボトルにダイアモンドが煌めきを放っている。  ほかにもレミーマルタンのルイ13世とかそういう高価なお酒が倉庫の中に眠っている。  しかし詩織莉さんが主に頼んでいるヘンリーⅣという最高値のブランデーを他のお客さんは頼まない。そんなお金を出すくらいなら「女王様」気分を手の空いたホスト全員で祝ってくれるシャンパンタワーの方が目立つこと請け合いだ。  その詩織莉さんが――考えたくもないし、なって欲しくもないが――肝臓の病気とかで飲めなくなってしまったら、確実に在庫は余る。  恭子さんの銀行もそんな感じなのだろうか? 「土地があれば融資は受けられるものなの?」  詩織莉さんがむしろあどけない感じで長く優雅な首を傾げていた。  こういう動作をする時にはユキとの血の繋がりを感じてしまう。  そして、詩織莉さんのそんな仕草を見るとユキに会いたくて堪らなくなった。オレは大人だし、カタギとは100%言えないまでも一応社会人だ。だから職場放棄など出来るわけはない。  ユキに何か有った時は別だが。 「そうですね。その土地に抵当権、特に根抵当が付いていたなら融資はお断りすることもあるんですけど、泣く泣く。  でも、借り手が居ないと大口の利子が入って来なくなるので支店ののノルマがますます厳しくなるのよね……。  リョウが纏まったお金を入れてくれて――そして可愛い恋人まで会わせて、あれ?なんだか詩織莉さんに雰囲気とか全体の感じが何となく似ていますね……」  何と答えれば良いのか分からなかったが詩織莉さんはこともなげに「あの子は私と母親違いの弟なのよ」とヘンリーⅣのグラスを優雅に傾けながら言った。 「それになんだか特別扱いもして貰えるようだし、その埋め合わせも考えなくちゃだわね。  例えばだけどロマネとかヘンリーⅣとかは高価だわよね、正直。  お試し価格だと3千円だったかしら?敷居をくぐってもらうための呼び水みたいなイベントは。  そういうお客さんだけでは店が成り立たないでしょう?」  政財界にもファンが多い詩織莉さんなので、オレにも分かるように言ってくれているのか、それとも本人もあやふやなのかは分からない。  ただ、ユキに良くしてくれた恭子さんに感謝の気持ちとして便宜を図りたいのかも知れないなと思いながら、ブランデーそっくりの色のウーロン茶を――ちなみに、これを飲んでいても詩織莉さんのお勘定にはヘンリーⅣとして計上される仕組みだった――飲みながら二人の話を聞いていた。

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