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第79話

 そういえば、昨夜オレのマンションでもタバコを吸っていたが、あの時に彼女がハンドバックから出したのは8ミリ――オレの記憶が確かかどうかは定かでないが――という最もニコチンの度数(?)が高いヤツではなくてもっと少なかったような気がする。  あの時は酷すぎる過去の体験を語ってくれるという「試練」のせいでニコチンが欲しかったのだろうが、ユキとの連絡が途切れたというコトの方が詩織莉さんにも重大事のようだった。 「ありがとう」  スタッフが恭子さんのカバン――いかにも出来る銀行ウーマンが持ち歩きそうな大きさのモノで、確かにこのベルサイユ宮殿を模した空間には相応しくない。エルメスのバーキンはギリで「フランス繋がり」として許されているが、恭子さんのカバンは銀行というお堅い場所が似合っている。  ただ、その使い込まれた感の有る実用的なカバンの方が今のオレには頼もしい。  恭子さんはそのカバンの中からノートパソコンとアイパッドを取り出している。  二つとも必要なのだろうかと思って見ていたが。  それにスマホ全盛の今の時代にアイパッドはともかくノートPCを持ち歩く人というのは少ないような気がする。ただ、銀行員にとっては当たり前なのかも知れないが。 「リョウ、そのスマホを貸して欲しいのだけれど?」  疑問形の口調ではあったが、有無を言わさない勢いがあった。  それにPCとアイパッドを使ってユキのために何とかしてくれるのだろう。その点はとても有難かった。 「どうぞ。ちなみに何をするのですか?」  恭子さんはオレの問いには答えずに、PCの起動を苛立たし気に見ていた。 「詩織莉さん、私にもタバコを一本下さい」  恭子さんも店でタバコを吸っていなかったのも確かで、二人がどれほどユキのことを案じていてくれるかが分かる。  確かにユキは持ち前の顔の綺麗さだけでなくて無邪気で屈託のない人好きのする笑みをふんだんに撒いていた。オレにはユキの腹の据わったところとか、どんな逆境の時にも賢明さを保とうとする点が大好きだったが。  そういう「人たらし」な点が――自分の戦闘能力ではなくて人心を掌握するようなタイプだ――詩織莉さんのお母さんにとっては目ざわりで排除したいと思った理由なのかもしれないなと思ってしまう。 「ここで電波が途切れていますね。この地図を大きくします」  オレのスマホと恭子さんのアイパッドをケーブル(?)めいたもので繋いでいた恭子さんがタバコを唇で挟んだ。  条件反射的にライターを近づけて火を点けた。オレ自身は喫煙しないが、ライターはホストの必需品なので、カルティエのを常時ポケットに入れている。 「ありがとう。そしてっと、そろそろPCも起動しているでしょうね。アイパッドとかを持つと当たり前だったPCの待ち時間がひどく遅く感じるの。アイパッドとかスマホみたいにタッチ一つでとっとと起動しなさいよ!って思ってしまうわ」  恭子さんも詩織莉さんと負けないくらいの感じでセカセカとタバコを吸っている。  それを見ていると、学生時代に吸っていたこともあり何だかオレも吸いたくなってきた。  恭子さんは――具体的に説明はないものの――何だか勝算が有りそうだし、その後はオレがユキを救いに行く番だろう。  どう考えても武闘派も含んだ893が絡んでいる場所に女性を連れて行くリスクは高い。  その上、ユキのメッセージにはユリが絡んでいるのも明白だった。だとしたら、昨夜の饗宴というかショーのようなものが再現されている可能性は高い。  詩織莉さんはともかく、恭子さんにはユキも痴態を晒したくないだろうし。  ユキの身の危険がヤバい。それに、数回は身体の関係を持ったが、それはオレが相手だったからユキも従順に委ねてくれたような気がする。  昨夜のショーだって、最初の男に対しては頑なに抵抗していたような感じだった。  媚薬入りのローションで身体は反応していたが。  早く助けないと、詩織莉さんのトラウマの二の舞になりそうだし、無理やりとかだとユキの心も身体も傷つくだろう。それに最悪の場合HIVとかそういうモノに感染させられるリスクすらある。HIVもそうだが、最近は梅毒がヤバいらしいと同僚から聞いていた。何でも感染者数は一年ごとに二倍ずつ増えているとか。  まあ、HIVと違って早期発見して治療さえ受ければ完治するらしいが。  HIVも今は薬でエイズ発症を抑えることも出来るらしいが。 「っと、これが銀行の不動産管理システムね。あ!これはあくまでも私が『働き方改革』とかの影響で残業が出来なくなったせいで自宅に持ち帰って仕事をするためにこっそりコピーした部外秘なので、絶対口外はしないようにお願いします」  恭子さんがPCを持っていたのはそのせいなのだろう。  そもそも、お客様のプライバシーとかを口外しないのは基本中の基本だったし、その上コトがコトだけに絶対に漏らさないでおこうと思った。  詩織莉さんも女王様の威厳のようなモノを綺麗な顔に浮かべて重々しく頷いている。 「この不動産の中で、怪しいのはっと……」  恭子さんの指が魔法のように素早く動いている。 「つまりは、ユキの電波が切れた場所の近くで反社の可能性のある不動産をチェックしているのかしら?」  詩織莉さんの紅い唇がタバコの煙と共に動揺を抑えた声を出していた。  ああ、そういうことか……とやっと納得したオレはとんだ大馬鹿野郎だ。  反社の関係者にも銀行は目を光らせているそうだし、そういうリストがあってもおかしくない。というか、そういう繋がりがある――昨日の元料亭のゲイバーが漏れていなかったのは僥倖だった。本当にそう思ってしまう。 「出たわ!えと、詩織莉さん、もう一度組の名前を教えてください。その関係がウワサされているキナ臭いビルとかを検索するので。  その後、グーグルマップで見てみましょう」  さすがは優秀な銀行員だとホトホト感心してしまう。  オレ一人だとどうしようもなかったのは、情けないが事実だった。まあ、そのキナ臭いビルなりに入った時にはちゃんと自分のするべきことをしようと思いながら。  何だか先ほどよりも進展があったので内心で安堵のため息をついてしまった。

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