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第82話

 画像などは勿論持っていない。ただ、実しやかに畳み掛けると、電話の向こうでは息を飲む音とか、何かを言いかけて咳払いする気配などが伝わってくる。 「そっ……それだけは止めてくれ!何が望みだ?金か……。金なら五億は直ぐにでも動かせるっ!!」  美容外科クリニックが儲かるというのはホントらしい。しかし、ユキがどんな目に遭っているのかを――たった一つの救いは、ユキの賢明さとか機転の利き方、そして腹の据わっているところだった。何とか時間を稼いでくれていたらいいのだが――思うと用件はさっさと済ませるに限る。  オレのようなホスト稼業だとフェラーリに乗っていても「女を上手いコト言って『楽に』稼いだあぶく銭で生活してるクセに……みたいな蔑みの目を向けられることはしょっちゅうだったし、そういう偏見にも慣れている。  それに多少のやんちゃをしても、それこそユキとの本番ショーを仮にネットに晒されても――オレのほうはノーダメージのだろうが、ユキの輝かしい将来に影を落としてしまうので、それだけは避けたい――それに、この電話の内容からして「脅し」とか「脅迫」めいた電話は初めてなのだろうな……と思う。  オレのお客さんには居ないが、キャバ嬢とか水商売の女性の「ストレス発散」要員(?)は同僚の中にも当然存在する。実際893関係と繋がっているお店に在籍している女性は居るので「脅迫めいた」電話をその耳で聞いた人の話なんかも伝わってくる。  そんな時には、「どの程度出せるか」なんて言わないのが常識だ。  しかも5億円とかの破格――まあ、あの狂瀾のパーティ画像が外部に流出したら腕の良し悪しに関わらずドン引きしる芸能界やセレブという女性は多いだろう――しかし「脅し」めいた電話では小額から始めるのが「定石」というかセオリーで「いきなり」最高値(さいたかね)――だと思う――を提示する点はこういう脅しに慣れていないような気がする。  もしかしたら、五億というお金はこの院長にとって「はした金」なのかもしれないが。 「マスコミとかネットに流すというのは最終手段です。  私の話を聞いて下さって満足する返答を頂ければ、それらは実行しませんが?」  先方が必死になればなるほど、こちらは冷静になれるのが不思議だった。  まあ、893と異なってそういう交渉は初めてなので「そういうもの」なのかもしれないが。 「何だ?何が望みだ?」  何だか断末魔というか心臓でも悪いのかゼイゼイという呼吸と共に辛うじて声が聞こえるような感じだった。 「貴方の恋人……ええ、昨夜一緒に居たジャニーズ系の人が今いらっしゃる場所分かりますか?」  「恋人」の居場所を把握している可能性はそれほど多くないと踏んではいた。  ただ、「あんなショー」に連れて行くような間柄だったらよほど気に入っているような気がする。ただ単に「奔放さ」だけを愛でているだけなのかも知れないが。  ただ、ユリタイプというか、「こっち」の世界には異性愛者と異なって――まあ、女性でもそういう奔放さを持っている人も居ることは知っているものの、そんなに比率は高くないというのが経験則として知っている――相手構わずという人間が多いのも事実だった。 「昨夜のショーに一緒に居たのは、リュウセイだが……今夜は……何でも楽しいパーティに誘われたと言っていた」  昨夜は物凄くお愉しみだったし元気そうだったが「脅迫(?)」が効いたのか、今は心臓に物凄く負担が掛かっているような感じで息も絶え絶えといった感じだった。  やはり、こんな脅しの電話には慣れていないのかもしれない。  だったら「チョロい」な!と内心思いながらこちらのペースで話しを進めることにする。 「その『愉しいパーティ』会場はどこか分かりますか?  それが分かったら、マスコミにもネットにも流しませんので。  分からなかったら……どうなるかは先生もお分かりになるかと……」  意味有り気に言葉を切った。 「それだけは止めてくれっ!!今は分からないって!!分からないが、ラインで聞くことは出来るっ!!」  何だか病人を相手にしているような雰囲気だが、この両刀遣いのおっさんとユキを天秤にかければユキの方が大事なのは当たり前だ。 「3分以内に答えがなければ、マスコミ――文春とかが良いでしょうかね?――とネットに流しますので、この番号にお掛け下さい」  電話の向こうではゼイゼイという息と共に「ブ……文春……それだけは……頼む、お願いだ。それなら五億支払った方がマシ」とか言っている。 「五分です。分かりましたね」  敢えて冷然と言って電話を切った。 「ああ、あのジャニーズ系の男の子もユリと一緒なの?  リョウもあんな『脅し』の電話が出来るなんて驚きだわ。  ただ、洋幸を守ろうとするにはああいう電話も出来る人間じゃないと無理なので、それは良かったと思うけど」  詩織莉さんがモンブランの万年筆とエルメスの手帳を出して二つの住所とビルの名前を書いている。 「恭子さんのデータから、この二つが怪しいな……って思えたの。  グーグルマップで――と言っても何年前のモノかは分からないので、アテには出来ないのだけれども――外観を調べたら「パーティ」に打ってつけのところはこの二つね。  ある程度の広さは有って、悲鳴――まあ、口を塞いでしまったら狭いトコでも出来るでしょうが――とかが漏れないようになっているので」  詩織莉さんが苛々とした感じでモンブランの万年筆で手帳を叩いている。

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