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第83話

「他の場所はいわゆるフロント――って分かりますか?実質は組がお金を出しているものの『カタギ』の会社を装っています。何でも『皇国坂本組』は代取、つまり代表取締役には、ホームレスの人を積極的に雇用するらしいですね。詩織莉さんに聞いたのですが。  戸籍が綺麗……というか、反社リストに載っていない人が代表取締役として居る会社では、従業員もカタギの人のことが多いので、滅多なことは出来ないんです。  だから、この二つの倉庫として使われているっぽいところが怪しいと思うんですけど……」  確かにそうだろう。ユキもお父さんはホームレスの人に会社を任せているとか言っていた覚えがある。 「有難うございます。どっちかなのですね。まあ、スマホを捨てられたという可能性も有りますが……。詩織莉さん、大丈夫ですよ。ユキは必ず助け出しますから」  ユリに懐いている点を尊重してしまって、「アイツには気を付けろ」と言わなかったのはオレのミスだ。  皇国坂本組という組織も「弱者救済」の正統派というか昔ながらの893社会だ。  だからそうそう阿漕なことは出来ないだろう。詩織莉さんのお母さんが「姐御」という「女帝」に祭り上げられたら話は別だろうが。  最悪、この二つを当たれば良いかと思っているとオレのスマホが着信を告げた。ディスプレイを見ると、先程の電話番号だったので院長先生が必死に調べてくれたのだろうが。  院長先生にとって5億を引っ張られることよりもマスコミとネットの流出の方が怖いらしい。  まあ、週刊誌に載って「詳しくは動画サイトで」みたいなことを書かれると興味本位でそちらにアクセスする人間が多いのも事実だし、そうなれば医院の存亡に関わる事態になってしまうこともよーく分かっているのだろうが。  相手が女性ならばまだ「稼いでいる」男の甲斐性で――実際問題、五億円というお金をポンと動かせるのだから、懐具合は温かいのだろう。まあ、家庭内には冷風が吹き荒れるだろうが、自業自得だが――世間的には昔風の価値観だって残っている。急激に儲けた人には愛人が付き物だ。だからまだ何とかしのげるだろうが、同性同士の「ああいう行為」はまだまだ世間の理解も乏しい。LGBTというゲイとかレズの活動運動も有って、世間的にはカップルと認められる風潮が世界的に高まってはいるもものの、やはり奇異な目で見られるのも事実だった。  オレだってゲイをカミングアウトしているが、最初の方は「ネタでしょ?」と良く言われたものだったし。まあ、オレの場合は枕とか色恋営業をしたくなかった上にトーク力とかで勝負出来ると自他共に認められるようになってからようやく叶ったが、もっと「お堅い」世界にいる先生にとっては「あんな」行為の画像――実際は持っていない――をどこぞの怪しげなサイトに流されるとか、週刊誌に――実際に知り合いはいない――取り上げられるのは恐怖以外の何物でもないのだろうが。 「取り敢えず五分待ちましょう。それで院長先生からの連絡がなければ二つの場所に行ってみて、どちらが怪しいか実際に見て決めましょう。この時間ですから『普通』の企業は残業をする人以外は帰っているハズなので、電気も半分以下になっているものではないでしょうか?」  詩織莉さんはお勤め経験がないためになんだか腑に落ちない表情だったが、恭子さんは理解した感じだった。 「そうねですね……あと3分ですけど……。連絡がない場合は明るい方の建物に行って――って、所詮は反社の連中ですよね?危険じゃないですか?」  危険は承知の上だった。それでもユキの身に何かが起こっている――しかもユリとかそういう人間は「性的」なことで嫌がらせをするだろうし、具体的にユキがどんな目に遭わされているかを考えると物凄い焦燥感に駆られた。  詩織莉さんや恭子さんがタバコを吸うのもとても良く分かる気分だった。  オレはキッパリと止めたので、ニコチンへの欲求はなかったが。 「ええ、危険は承知の上です。でも一番怖い思いをしているのはユキだと思いますので助けに行かないとマズイかと思います。  多少は腕に覚えが有りますし」  詩織莉さんはまだ長いタバコを灰皿に苛々とした感じで押しつぶしている。 「向こうが飛び道具とかを持っているかもしれないわよ?  それだったら、どんなに腕に覚えがあっても無謀じゃないかしら。  まあ、一回発砲した銃は海に投げて証拠の隠滅を図るというくらいの知恵もあるし……」  確かに893の「若い衆」にとって拳銃は付き物なのかもしれないなと思った。 「心臓さえ避けてくれたら銃だって大丈夫です。ユキの身には替えられないので」  何でも――といっても刑事ドラマの中の知識にしか過ぎないが――今の銃の場合、心臓以外なら助かる可能性は高いとか聞いているので大丈夫だろう、多分。  詩織莉さんはクスリと華のように笑みを零している。  ユキに似た――半分とはいえ血が繋がっている兄弟なので当たり前なのかもしれないが――綺麗な笑みを見て(ユキは今頃……)と心配になってしまうのはある意味仕方のないことかも知れない。 「リョウの場合は顔もNGだわね……。だって商売道具でしょ?  それ以外の場所も出来れば当たって欲しくないのだけれど……。物凄く痛いらしいので」  確かに顔も避けて欲しいなとも思う。しかし、オレの身体よりもユキの方が心配で仕方ない。 「あと、一分ですか」  苛々と時計を見ていると、恭子さんが芸術的な動きでPCに何かを入力している。 「その院長先生の恋人さんが位置情報を分かっていれば良いのですが、PCだけで大丈夫ですか?プリントアウトした方が良いような。  詩織莉さんも一緒に行くんですよね?私も学生時代は合気道をしていたので、足手まといにはならないかと思います」   詩織莉さんが優雅に頷いている。女性陣を巻き込むのは心外だったが、数が多い方が良い。  そして「常識的」には警察も呼んだ方が良いとも思ったが、その後の事情聴取では根掘り葉掘り聞かれるということも知っていたので、躊躇してしまう。  人によってはセカンドレイプだと言う人も居たし。  5分という時間がこんなに長いとは思いもしなかった。苛立つ視線でスマホを見ると「やっと」着信が有った。

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