「流石に女性二人を先に行かせるわけには……」 　音もなく上に上がって行くエレベーターに乗るまでの間にユキ救出のシナリオめいたものは考えた。 　詩織莉さんの「兄弟愛」も麗しいし、その上恭子さんまでが付き合ってくれるのは多分ユキ自身の人柄だったと思ったが。ユキにはそういう人徳というか無邪気な人懐っこさがどことなく漂っていたのも事実だった。 　ただ、女性を盾にするのは男としてどうなのかとか、恋人のユキに対しての義務のようなモノを果たせていないような気がする。 「リョウ……。忘れているかも知れないけど、昨夜の夜の方が危なかったのよ。何しろ、お父様を快く思っていない『そっち』系の人がたくさん居たわ。組の内外を問わず、ね。 　今日は多分ユリとかいう人が主犯格だわよね？ 　それに三流美容外科クリニックの院長の恋人だかペットだかの――ジャニー○事務所だったら面接で落とされそうな低レベル薄っぺらなイケメンを呼んだということは、人手不足だと分析しているわけなのだけれど？ 　それに院長先生にも隠していないということは――まあ、あの顔だけがちっぽけな取り柄っぽい人だから何も考えていないという推測も成り立つけれど――カタギ、私はともかく恭子さんは間違いなくカタギよね？」 　詩織莉さんは確かめるように恭子さんの顔を窺うように見ている。もし、彼女が臆するようであれば、戦力から外す積りだろう。 「カタギですが、もっとお堅い役になりますよ？弁護士とか――ああ、そちらは少し無理があるかもですね。財務省の役人役とか国税局調査官の査察ということでどうでしょうか？ 　財務省の監査なら何度も受けたことがありますので、あの真似をすれば良いだけですし、知識もそれなりに持ち合わせていますもの。 　それに、かのアル・カポネを逮捕したのはアメリカの国税局ですよね？ 　法律の知識なら、詩織莉さんの実家関係の人もそれなりには知識が有ると思います。下っ端ではなくて組織の中枢にいるような人だったら尚更に」 　アル・カポネは確かイタリア出身のアメリカのマフィアの首領だった人間で、逮捕された後には一生「絶対に逃亡できない」と言われたアルカトラズ（？）とかいう刑務所で――確かアメリカの島に有ったハズだ、うろ覚えの記憶では――生涯を終えたとかいう伝説の人間だったと思う。少なくとも映画ではそんな感じの人物紹介をされていた。 　警察が捕まえたとばかり漠然と思っていたが、どうやら違うらしい。 　そして８９３の世界も法律の抜け穴探しなどを――しかも最近はどんどんと取り締まりが強化されているし――上手くかいくぐる必要もあって、なまじの法学部卒よりも刑法に詳しいとか聞いている。組長とか若頭とかの幹部連中などは特に。 　それに、弁護士さんというのは司法試験に――ウチの大学には法学部もなかったし、仮に有っても司法試験などは畏れ多くて受けに行く人間はいないだろうが――受かっただけでなくて、弁護士会に登録しなければ弁護士としての活動は出来ないとＮＹと日本の弁護士資格を持ったお客さんに聞いたことがある。 　そして、よほどのことを仕出かさない限りは除名というか退会なのか――そういう具体的かつハッキリしたことは忘れたが――そういう処分を受けることはないらしいが、それでも除名になる人間は居るらしい。 　そういう人が落ちて行きやすいのが８９３の世界の法律顧問の座らしい。 　だから、下手な付け焼刃だとボロが出る可能性があると恭子さんも判断したのだろう。 　その点、銀行はお金を扱う企業なので税のこととかには詳しいだろうし、財務省の監査の――オレはドラマでしか観たことはないが――ことも身を以て体験しているので真似もしやすいのだろう。 　頼もし過ぎる女性陣を見て、しかも二人とも「戦う」オーラが全開になっているようだった。 　恭子さんは「スーツは女の戦闘服」と詩織莉さんが言った時以上に凛とした理知的な雰囲気と共に強固な意志を秘めた眼差しで詩織莉さんを見ていた。 「リョウ、安心して。足手まといにはならないから。 　それに合気道の心得は有るので」 　――合気道は結構だが、銃などには役に立たないだろうと思って内心ではため息をついた。 「しかし、ピストルとか――流石に機関銃までは持っていないと思いますが――そういう飛び道具が出て来た場合、危ないですよ。 　オレはユキを助けるためなら身体を張りますが。まあ、巻き添えになりそうな場合は恭子さんや詩織莉さんの盾にもなります」 　恭子さんに専門用語――具体的にはどんな単語なのかサッパリ分からないが、言うまでもなく８９３の仕事は「暴力的な威圧によって一般人やカタギの会社からお金をたくさん取ろうとする」ことだ。 　オレには残念ながら恭子さんのような専門知識もなければ、詩織莉さんのような裏も表も知り尽くした経験もない。 　二人の協力を仰ぐしかなさそうだった、大変心外だったが……。心の隅で頼もしい助っ人が居ることに安堵感を抱いてしまうのも事実だった。 　その代わりこの二人のこと「も」全責任を持って守ろうと思った。 　そのためにオレが出来ることを必死で考えた。 　オレの最大の武器はトーク力だが、やはり容姿だって大切なのは言うまでもない。 　頭髪が薄くなるのも論外だったが、それでも頭の毛が抜けるほど必死で考えた。 　盾になるためにはどうすれば良いかとか、ユキ共々に身の安全を図りながらこのホテルの最上級スイートルームからさっさと逃げる方法とか。 　オレの毛髪を犠牲にした（？）甲斐が有って、何とか色々と考え付いたことはあったのが幸いだった。 　ただ、それがどこまで通用するかは神のみぞ知るという感じなのは仕方ないだろうが。