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第88話
アメリカ風にまとめられた室内の雰囲気とは異なって、何だか壇というか舞台の上には紅い薔薇が敷き詰められていて、その上に生まれたままの姿にさせられたユキが横たわっていた。
しかも、ユキの表情もどこか虚ろだったし、視点も焦点が合っていない感じだった。
何だか自分の身の上に何が起こっているか分からないというか興味がないといった、ユキらしくない表情を紅い薔薇の褥に預けているといった感じとでも言うのだろうか?
「薬を使われているんじゃないかしらね。
恭子さん、このお金はいったん預けるので……。電話してくるわ。
後は宜しく。直ぐに戻るから」
詩織莉さんは足早にスマホを持って歩み去っていった。
「え?え~っと……」
イキナリ話を振られた恭子さんはあたふたしている感じだった。
「もう、こうなったら二人で先に来たと言うコトにしましょうか?
オレは財務省とかの役人には見えないでしょうが……」
恭子さんは国税局とか財務省を名乗る積もりだと聞いていた。
そりゃあ、恭子さんは職業上そういう人を見慣れているかも知れないが、オレには無理だった。
以前、税務署からの監査がウチの店に入ったとか聞いたことがあるものの、オレはまだナンバー1なだけで一介のスタッフなので関知していない。
だから税務署職員が「これは経費として認められません」と高圧的に言って来た程度のことしか知らない。
「大丈夫よ。実際、アルマーニを来た財務官僚も居たもの。
上司として付いてきたふうを装って、私が話しているのを監視役というか見守っていてイザとなれば助け舟を出す的な『上から目線』のオーラを出していたら、向こうだって脛に傷を持つ人間なのだから確実にビビると思うわ」
恭子さんは戦略だか戦術だかが固まったのか、自信に満ちた表情で言い切っている。
オレはユキを無事に救出出来さえすれば良いので――そして頭の回転の速さは恭子さんの方が絶対に上だろうし知識も持ち合わせているのは確実だ――黙って従うことにする。
「遊びに来たのなら良いのですが、あいにく仕事でして。
このホテルのこの部屋で、違法なお金集めのパーティを開催するという密告が私の勤務先に上がって来たものですから。霞が関の方から参りました!
その査察です!見せて頂けますか?」
受付のテーブルにツカツカと歩み寄った恭子さんは断固とした口調で言い切っていた。
一般人が公務員を名乗って良いのかどうか、厳密には知らないものの、霞が関の「方」からという言い方が巧妙だなと思ってしまった。
ショボい――いや、金額の多寡はその人次第で、詩織莉さんのように億のお金を悠々と動かせる人も居れば、数百円でも高いと思う人も居るだろうが――詐欺のやり方として「消防署の『方』から参りました」とか言って消火器を売り付ける人間がいるらしい。
そういう人は消防署の「方角」という意味をわざわざ誤解させて「消防署関係者」を装うという手法らしかったが。
多分、恭子さんもその方法を応用しているのだろう。
だったら、オレもハッタリを効かせておいた方が良いのかもしれない。
しかし、オレでも演じることの出来る……。ああ!良いことを思いついた。
「私は、桜田門の方からです。
あいにく貴方方を管轄する組対では有りませんが。ただ『強制性行等罪事件』についての捜査などを主に扱っています。
刑法が変わりましたので、そのフィールドワークとでも言いましょうか?」
その辺りのことは店でも一応のミーティングというか周知徹底事項として全員を集めてのアナウンスが有った。
まあ、13歳未満の人間はウチの店には来ないが、枕をするキャストも多数在籍している。
その場合、女性の方から警察に駆け込んでということはあまり考えられないが、それでもお金が続かなくなってしまって、ストーカーと化した人が警察に過去のことで駆け込むことも有るかも知れないからということで用心して欲しいといった内容だった。
恭子さんは、チラリとオレの顔を見て「グジョブ!」という感じの目配せを送って来た。
受付の人間はフリーズというかテンパっているというか言葉もなくて視線を泳がしているだけだった。
「舞台の上の男性……あの人に何をされる積もりなのでしょう?
全裸ですよね?」
パーティ会場に集まっている人は受付の様子に気付いた感じでもなくて、ユキに粘っこい視線を当てたり、多分ユリの同僚なのだろう、肌も露わな男性(?)達の――しかも見えている場所がいわゆる「普段は隠しているところ」だった――動きに合わせて見える場所を鑑賞していたりしていた。
「えと……あのう……」
昨日のパーティではそれなりの秩序というか、全体を見ている司会者兼監督のような人が居たが、今夜の場合は居ないらしい。
まあ、ユリが中心となって企んだモノのようなので、組織としては纏まっていないのだろう。
それに思い付きと勢いで成り立っている会のようだったし。
「帳簿を見せて下さるかしら?」
恭子さんは、高圧的というか有無を言わさない勢いで詰めていく。
「えと……それも、上の者の指示を……」
真紅の薔薇の褥に寝かされたユキの顔色が蒼褪めて来ている。
早く救出しないとマズいような気がして内心冷や汗モノだったが、この受付を突破しなければならないのも事実だった。
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