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第93話

 よくもまあ、ショーまで企画しておいて――つまりはイベントの主催者だというのに――詩織莉さん曰く「ジャニー○事務所に落とされるレベル」の一応イケメンとコトに及ぶというのが理解出来ないものの、ユリとジャニーズ風イケメン君は、チラッと見ただけで二人の服装の乱れ具合が分かる。いかにも「お愉しみの最中」に突発事態が起こったという感じだった。  まあ、オレも頭の悪さは認めるものの、ココまで酷いレベルなのかと呆れてしまう。  確かにジャニー○系の――本家本元の事務所には落とされるレベルであっても――顔立ちは、ウチの業界には引っ張りだこだし実際、ナンバーに入る(ちなみに売り上げが五位以内のことを指す言葉だ)人間に「そういう」顔立ちは多いのも事実だ。  しかし、ここまで頭が悪いと流石に無理だろうな……と見ていてむしろ哀れを感じる。  本人も多分ユリの誘いを受けて何も考えずにコトに及んだのだろうが、何だかお嬢ちゃん同士が百合ごっこをしているような感じだった、しかも頭が残念な部類の。  流石にユリの顔は蒼褪めていたものの、何だか旦那が留守の間に間男を引っ張り込んだ主婦が、突然の帰宅に驚いているレベルと同じような感じだった。  警察を呼ぶかどうかは詩織莉さんの判断次第で良いと思ったが、普通なら問答無用に警察沙汰に――ウチの店なら、拳銃を出した段階でスタッフが通報するだろうし、それが一般的な判断だろうが――なる事態が起こっていたというのに主催者と言う立場よりも「そっち」の欲求が勝ってしまう辺りがバカ丸出しで、何だか却って清々しいほどだった。  詩織莉さんの顔が般若のお面よりも怖い表情を浮かべていることにも気付いた。  何しろ、腕の中で意識を失っている――まあ、お医者さんが大丈夫と言ってくれたので、一応は安心したが――ユキと半分血の繋がりのある綺麗な顔立ちなだけに、よりいっそうの怖さを感じる。  そしてユキはともかく、詩織莉さんはあからさまにユリのことが大嫌いだし、この二人の慌てて直した感がアリアリの乱れた服装の意味も即座に理解したのだろう。まあ、激怒するのも当然だろうなとむしろ笑ってしまいそうになるのを必死で我慢してしまった。  銃口を向けられた時には――掌に収まるくらいの小さなモノとはいえ――「本に当たってくれ!」と切実に願ったし、緊張もした。だからその反動が来てしまったのかもしれなかったが。  人間は物凄い緊張が解けると、却って笑いの沸点が下がるとか誰かが言っていたが、その通りなのかもしれない。  そして、腕に「お姫様抱っこ」状態のユキの確かな体温とか重みにも安心してしまったのだろう。  詩織莉さんが、ピンヒールを履いているというのに物凄い速さで部屋を横切って二人の元へと近付いていった。  そして、グーでユリの顔を殴っている。あれは痛いだろうな……とシミジミ思うような何とも言えない音がやけに鮮明に聞こえた。  皆が女王様のような威厳に満ちた詩織莉さんに注目してしまうのは仕方ないのかも知れないが。  その後顔だけが取り柄の――いやユリがショーを放り出してまでコトに励んでいたっぽいのは受付のグダグダさ加減からも分かったので「そっち」の方も得意なのかもしれないが、そんなことはどうでも良い――ご自慢の顔にも強烈なグーパンチをお見舞いしていた。  ……何だか、コントみたいに二人とも床に倒れ込んだのも笑いを誘ってしまったが。 「リョウったら、心配させないでよっ!!」  「犯人」の目の前に居た恭子さんは、スーツのジャケットを慌てた感じで脱いでユキに被せてくれていたが。 「心配をお掛けしてすみません。それと、後のことは頼みますと詩織莉さんに伝えて下さい。  オレはユキを病院に連れて行きますので」  そっちの方が最優先事項なのは言うまでもない。 「それは勿論構わないけれども、撃たれなくて本当に良かった……」  しみじみとした口調に安堵の色が混ざっていた。 「病院の救急車を呼びましたので、そちらに。  貴方も怪我をなさっているのですか?」  先生も恭子さんの言葉を聞いていたのでそう思うのも無理はないと思った。 「いえ――拳銃で――って言っても大丈夫なんでしょうか?」  何でも、医師には「法律に触れるような危ない患者」とか「ご遺体」に対して――縁起でもない話だが――通報義務が有るとチラッと聞いた覚えがある。  ただ、詩織莉さんが呼んだ医師なので、融通の利く人のような気もした。  それに「病院の」救急車という、耳慣れない言葉にも詩織莉さんの配慮が感じられる。   救急車って、消防署にしかないと思い込んでいたのだが気のせいだったのかも知れない。 「当病院は秘密厳守がモットーなので大丈夫です。ああ、この拳銃ですか?  ペレッタと言って、893が護身用に持つのが流行りみたいですね。元々は女性向きに開発されたモノなのですが。  頭とか心臓に当たらない限り命の心配はないでしょう。  で、どこに当たったのですか?」  流石は詩織莉さんが連れて来た先生だけあって話が分かるな……と思った。そして拳銃オタクっぷりとか、命の心配しかしないある意味、一般人とズレタた感覚にも少し笑ってしまった。 「一応、皮の装丁の分厚い本を防御用にスーツの中に忍ばせていまして、弾はその本の中で止まってくれました。だから、どこも怪我はしていません」  医師が感心したような表情を浮かべている。 「そうですか。まあ、マグナムとかの『本格的』な銃ではなかったのも幸いでしたね。  そっちならば、どんなに分厚い本でも貫通しますから」  腕の中で、ユキの身体がヒクリと動いた。  目を閉じていても睫毛の長さの分かるユキの目がゆっくりと開いた。 「ユキ……オレが分かるか?」  まだ頬の赤みは残ってはいたものの、先程よりも呼吸は落ち着いている。 「え?シンさん……。  僕を助けに来てくれた、の?」  その声は少し震えてはいたものの、眠りから覚めたお姫様のような可憐さに溢れていた。

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