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第95話

「いや、オレなんかよりも詩織莉さんの方が貢献度も物凄く高いと思うし……。オレは単に身体を張っただけで……」  もっと颯爽と救いたかったんだが、やっぱり映画とかドラマのようには行かないんだろう。 「ううん、栞お姉様とか恭子さんの好意もとても嬉しかったけど、シンが助けに来てくれたのが、僕にとっては一番嬉しい、よ?」  「喋るのは禁止」と言っていた先生の方を気になって見てしまう。  色々なオレにはサッパリ分からないグラフとかその他を真剣な表情で見たりしている先生は「大丈夫ですよ」的な笑顔を浮かべてくれていた。  先生のお墨付きを貰ったようなので、会話を続行することに決めた。 「そうか。しかし、それって恋人の義務だろ?助けに行くってのは、さ?あのSOSメールの後、ユリとかそのパシリ――どうせ、身体で陥落させた男達、しかも頭の足りないっていうか、警察上等!みたいなヤツが協力して『オレ』のユキを……」  ユキの身体が強張っていたし、点滴のせいだろうと思うが普段の肌色に戻っていたのがサッと蒼褪めて、しかも鳥肌まで立っている。 「その話題は避けて下さい」  医師も断固とした口調で言い切っていたので、この話は打ち切りにした方が良さそうだ。  何しろオレは全くの素人だし、専門家の意見には従うのが良いコトくらいはバカなオレにも分かったので話題転換を――多分、明るい話しとかに切り替えた方がイイのだろう――しようと思ったが、適切な話題が咄嗟に出て来ないのはオレだって怪我はないとはいえ、銃口を向けられるというショッキングな体験をしたこともあって、普段の精神状態ではないのだろう。  トーク力だけで――アルコールを呑むと車での通勤が出来なくなるのは痛いし――ナンバー1の座をキープし続けているオレとしては何だか今までの仕事に対する、コツコツ積み上げて来たモノが全然機能していないのが歯がゆかった。 「僕は、シンが王子様みたいに抱っこして運んでくれた時からしか意識がないけど……。  身体まで張ってくれたんだ?僕みたいな人間にさ。  本当に有難う。  って、怪我はないの?」  ユキの切れ長な目が気掛かりそうな感じでオレを見ている。 「怪我は全然していない。そもそも、怪我してたら、この救急車の簡易ベットに二人して寝ている。  ま、スペース的に無理だろうけどな……」  消防署に有る救急車――ま、警察のパトカーもそうだが――みたいにサイレンは鳴らしているので他の車両が避けてくれたり、赤信号でも突っ切ることが出来たりするという「特権」は病院の救急車でも有るようだった。  ただ、消防署の救急車に乗ったことはないので全然分からないがあっちは二人の怪我人とか急病人を運べるのかもしれないな、とも思ったがオレはそもそもピンピンしているのでそんな妄想というかバカげた心配はしなくてもいい。  それよりもユキが「ユリに無理やり連行」されて、そしてパー○ハイアットの無駄にでかいスイートルームの薔薇の褥に寝かさせるまでに絶対に何かが有った、それもユキが物凄く嫌がるようなことが。  そっちの方が余計に気になる。  ただ、今はドクターストップが掛かっている状態から触れない方が良いだろう。それに仮に掛かっていなくても看護師さんや病院関係者とかの耳が有るので話し辛いのだろう。 「新田先生、病院から連絡が。『現状を教えてくれ』だそうですよ」  運転席に座った男性が声を掛けている。名乗らなかったので知らなかったが詩織莉さんが連れて来た医師は新田先生と言うらしい。 「あと数分で着くので、病院も受け入れ態勢に入っているみたいです」  ユキの傍で脈を取ったり、オレにはサッパリ分からないモニター上のグラフ(?)を見たりしていた新田先生が運転手から受け取ったスマホ――ドラマでは無線で連絡していたが、病院の救急車はこんな連絡手段なんだなと思ってしまう。  そして、新田医師は「セイショクに――と――を入れた点滴を」とかオレの知らない単語の羅列を話している。 「ユキを助けることが出来て本当に良かったと思っている。  それに、ユキがどんな目に遭ってもオレは恋人として支えるから。  それこそ――縁起でもないコトを言うのを許して欲しいが――HIVウイルスからエイズに移行しても毎日病院に行って、ユキが笑ってくれるようなネタを披露するから。  オレはどんなことが有ってもユキを愛し続けると誓うんで」  詩織莉さんが手配した病院や救急車だ。だから秘密厳守は普通の救急車以上だろうと思って心情を縷々訴えた。HIVウイルスは絶対に注射されていないだろうなと思って敢えてそんな最悪の事態を話題として提示した。  性悪・インランのユリは主催者という立場を忘れてジャニー○系イケメンと「お愉しみ」という、バカを自認するオレでも仕出かさないようなコトに耽っていたみたいだが、今夜のショーも本来なら「ユキを『そういう意味で』いたぶる」のが目的だったことは間違いはないだろう。そして「商品」として使おうとする人間にあんな危険なウイルスを注射することもないだろうし、多分。 「シン……。本当に有難う。僕なんかのために身体まで張ってくれて……。でも、そういうコトまでしてくれる優しくて強い恋人が居るのって本当に嬉しい」  ユキの切れ長の目から涙が流れている。  ユリとかその一味が盛った薬はまだ効いているらしくて、頬は薄紅色を保ったままだった。その頬に水晶のような涙が流れていて都会のネオンに煌めいている。  蒼褪めた素肌も――毛布から出ている箇所しか見えないが――痛々しいものの、新田先生が付いているので一安心だった。  車の速度が落ちたな……と思っていると、大きな病院らしい建物が見えてきた。  あそこが新田医師の病院なのだろうか?  そして、ユキの身体に入っている怪しげな薬もちゃんと無力化してくれるのだろうなと思いつつ、車が「救急車専用」と書かれた場所に入って行くのを目で確かめた。

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