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第97話

「ご家族のかたとして扱うようにと栞様から承っておりますので、どうかこちらにおいで下さい」  新田医師が事務的な表情でそう伝えて来た。  え?と内心では思ってしまう。オレの周りでは同棲とかをしている人間も居るが――ちなみに付き合っている彼女が居てもホストという職業はある意味アイドルと一緒なので、ひた隠しにするのが普通だ――病院などでは「他人」として扱われてしまう点を嘆いていたような気がする。詳しいことを聞くのは正式な夫婦とかそういう戸籍に載っているレベルしかダメらしい。  ただ、詩織莉さんとの繋がりの深い病院――具体的にどんな関係なのかは依然としてナゾだが、突っ込んで聞くような問題でもないような気がした。  ユキのことを知らせてくれるだけで充分だし。  病院というのは何だか無機質というか事務的な素っ気なさに溢れているというオレの常識とは異なって、何だか高級ホテルの中を歩んでいるような感じだった。  先程の処置室だか何だかは病院っぽかったが。流石は広尾という大使館とかも有る高級な場所の中に有る病院なんだな……と感心しながら新田先生の後ろを歩いた。  実際はユキの寝顔を見て、そして悪夢などで魘されないようにベッドの傍に座りたい気持ちとかユキの精神状態や身体の――外傷はなかったと思ったものの、そんなに詳しく調べたわけでもない――ことが気になってしまって堪らなくなるので、敢えて別のことを考えて気を紛らわそうとしてしまう。 「御安心下さい。こういうコトにも熟練しているベテランナースが付いていますので」  オレの心を見透かしたように新田先生が頼もしく請け負ってくれた。  素人のオレが付き添っているよりも、そちらの方が適切な処置を行ってくれるだろうなと思ってしまうが、取り敢えず説明を聞いた後には駆けつけようと思いながらも。 「貴方の身体は大丈夫ですか?殺傷能力は低いとはいえ、一応は拳銃で撃たれたわけですから。  歩くと痛いとか、響くとかいうことはありませんか?」  新田先生は心配そうな感じで聞いてきてくれた。  ユキのことを渾身で案じている今のオレだったが、自分の身体のことに言及されてふと我に返ってしまったが、医師らしい早足で歩いている新田先生と同じ速度で歩みを進めていても別に痛くも痒くもなかったので大丈夫なのだろう。 「痛みもないですし、特に異常は感じません。ご配慮有難うございます」  そう言いながら、先生が開けたドアの中へと入った。  どこぞの大会社の社長室のような――と言ってもあくまでイメージだが――重厚感とか高級感に溢れた部屋だった。そして、最近の病院では禁止されている方が多いと聞いている薔薇とか百合のアレンジメントが飾ってあるのも、ホテルのような感じだった。  ウチの店でも当然、アレンジメントフラワーが滝のように飾ってある。ただ、そういうこれ見よがしな感じではなくて、部屋の装飾の一部というような感じだった。 「どうぞ、お掛け下さい。  まずは薬の説明をしますね。――失礼ですが、薬学の知識などはお持ちでしょうか?」  医師らしい几帳面さが却って可笑しい。いや、オレの気持ちを解そうとしてくれているのかも知れないが。 「あいにく文系なものでサッパリです」  こんな高級感溢れる病院に勤務出来る先生なのだから、きっと名医に違いない。だとすれば聞いて驚くような大学の医学部を出ているハズだし、医学博士号とかも持っているかも知れない。  まあ、医学部に入れるという点で凄いと思ってしまうが。  オレのお客さんの中にも女医さんは居る。その人はマリアン○大学だかの医学部卒とか聞いた覚えがあったが、正直そんな大学が有ったことすら知らなくて――と言ってもオレみたいな人間を卒業させてくれた高千穂商科大学も知名度も偏差値も物凄く低い――内心どう返したら良いか一瞬考えている間に「医学部の中ではバカだと思われているわね、正直。でも、高校三年の時の模擬試験の合格判定チェックでは東大の医学部はダメだけれど、東大の理系学部は全てがA判定だったのよ?これでも……」とか言われてしまった。  オレもほんの冗談というか、出来心で東大は流石に遠慮したものの、ワセダ大学政経学部を高校が無理やり受けさせる模擬テストの志望校欄の最後に書いてみた記憶があった。その時にはE判定という「志望校を考え直せ!バーカ」と予備校だかが言っている非情なアルファベットが印字されていた。  ま、オレはハナっからそんな大それた大学に行けるわけがないと思っていたので、やっぱそうだなとしか思わなかったが。  東大A判定とか凄い頭が良いんだ!とその女医さんを見直した覚えが有ったが、目の前に腰を掛けている新田先生はもしかしたら東大医学部もA判定とかかもしれない。 「承りました。では簡単に説明致しますね」  薬剤名を言われたって分からないのでそちらの方が有り難い。 「お願い致します。何しろお薬と言えば、二日酔いにも効く『ガスター・テ○』程度しか知らないもので……」  最近は車で店に行っている――そちらの方がイメージ的にもナンバー1ホストに相応しいとオーナーに言われたので――関係上、呑むことはコンプライアンス的にもマズいのでしていない。  しかし、新人時代は吐くほど呑むというのが日常だったので、あの薬とかウコンなどは必須だったし、ガチで効いた。 「興奮して精神を昂ぶらせるお薬と、皮膚を敏感にする効果が副作用として有るお薬ですね。患者様のご様子を総合的に判断したのですが、いわゆるセック○――強要かも知れませんが――絡みのご様子でしたよね?」  まあ、新田先生が賢くなくても――いや、医師なので賢くないと困るとは思うが――常識とか想像力が有れば普通に正解に至ってしまうだろうが。  ただ、皮膚を敏感にさせる薬というのが気になった。   芸能人とかも逮捕されている、いわゆるセック○ドラッグはもちろん違法な薬物だし、そんなモノを盛られていた可能性が有るのだったら「普通」の病院だと警察に通報されてしまうことは勿論のこと、依存性とか身体に害を与えてしまうモノだったから。  ユキにはそういう危険な薬とは無縁でいて欲しかったのは言うまでもない。  ただ、覚せい剤もそうだが、キメながら「そういう」行為をすると物凄く気持ちが良いと何かで読んだ覚えがある。  ユキのショーに、ユリがそういう薬を用いても盛り上がらそうという邪まな意図が有っても全く不思議ではない。  それに、ユリだって893関連の店で働いているのも事実で、そういう薬は基本的にそっちのルートで密売されている。  だから嫌な予感しかなかった。

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