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第98話
「念のために尿検査まで致しましたが――残念ながら覚せい剤に似た成分が検出されました。
化学式は少し違いますけれど、その辺りの説明は端折っても良いですよね?」
やはりか……と思ってしまった。
「化学式は高校の時に挫折したので、話して貰ってもサッパリ分からないです。
それよりも、どうしたらそのお薬は抜けますか?」
昨夜のショーの時に見せたユキの甘く乱れた痴態を――あれはオレが相手だったからだとユキが言ってくれたのは本当に嬉しかったが――見ていた人間が今日、パークハイアッ○に来ているメインの客だったのだろう。
映画で喩えるのもどうかと思うが、大ヒットした映画のパート2の場合は更に話を面白くしなければ観客はがっかりするのが普通の反応だろう。
その程度のことはインラン・ユリとかいうバカも分かっていたのだろう。
そして、ユキの抵抗とか反抗的な態度で――ユキは普段、のんびりおっとりしている小動物といった雰囲気は持っているものの、イザとなれば冷静に対処出来る賢明さを持っているし、度胸も据わっている。そういう点が大好きになった一番の理由だ――昨夜以上の痴態は晒して貰えないということも分かったのだろう。だから、肌が物凄く敏感になる薬を打ったのだろうな……と怒りに震える手を固く握り合わせた。
オレの客ではないものの、泡姫も――いわゆるソープ嬢――来店してくれている。
その本指名を受けている同僚に聞いた話だが、やっぱり「そっち」系の人間から「そういう」薬を買う人間もたくさん居るらしい。
彼女達は「そういう行為」でお金を儲けているので――建て前上は違うとか言ってはいるが――いわば仕事だ。
で、本命の恋人とも当然のことながら「そういう行為」をする。その時にだけ、特別感を出すためとか気持ちの切り替えのためとかで薬を使って「する」とか聞いていた。
まあ、薬に頼らない女性も居るとか聞いているが。
「そうですね。そういう薬を使われた経験はないという認識で良かったですよね?」
新田先生が事務的ではあるものの、何だか物凄く同情した感じで聞いて来た。
「はい。それは確かです」
ユキが――父親の職業はどうであれ――そんなモノに手を出す人間ではないことくらいは分かる。
「出来得る限り、体内濃度は減らしました。
しかし、この薬の場合は――ああ、最悪死亡するケースも有りますが、その点は大丈夫のようです」
淡々とした感じの口調が却って恐怖を呼び起こした。新田医師は慣れているのか、それとも感受性が鈍ってしまったのだろう、多分。
詩織莉さんの世界でも著名な人がそういう薬物で逮捕されているのも知っているし「○○も実はしている」とかお客さんの噂で聞いた覚えも有った。
広尾という高級住宅街は、そういう著名人もたくさん住んでいるらしいので、こっそりと治療に通って来るのかもしれないな、と思ってしまったが。
風俗嬢もそうだが――別に批判とかではないし、オレだってあぶく銭で稼いでいるという点とか、人によっては精神的にキツい仕事なのかもしれない、ホストも風俗も――基本、お金は稼げるようになっている。ま、向いていない人間は全然稼げなくて消えていくシビアな世界ではあるものの。
その点は広尾に豪邸を構えて住めるような人も同じ程度のお金は持っているハズで、売人に狙われているのかもしれないなと思ってしまう。
確か覚せい剤は1グラム1万円とか聞いているし、金銭的な余裕がない人間に――と言っても最初はタダで配るらしいが――売るよりもお金持ちに売った方が良いに決まっているし。
「命の危険まであるんですか……」
呆然とした口調になってしまうのも、暗澹たる気持ちになってしまうのもユキを愛するオレとしては当然だろう。
「有りますね。具体的には――」
相手の話を遮らないというのがホストとしての初歩の初歩だったが、そんなことまで忘れ果てて言葉を被せてしまった。
「ユキは――えっと……そのリスク、まだ有るんですか?」
有ったら聞いておかなければならないし、新田先生が出来得る限りの手当てしてくれているとしたら「死亡」という最も怖いことは聞きたくなかった。
それに、詩織莉さんが――当然、同じ世界に居るのだから、薬物に対してもそれなりの知識は有るだろうし――差し向けてくれた先生なので、その点「だけ」は安心出来そうな気はした。
「それは大丈夫です。ただ、禁断症状が出てしまう可能性は有りますね。薬が欲しくて欲しくて堪らなくなるという……。
アルコール依存症などもそうですが、然るべき施設に入るのがお勧めなのですが……。個室の鍵を外部から掛けた上に、建物も頑丈にロックされて外界とは完全にシャットアウトされますので」
何だか刑務所みたいな施設だな……と思ってしまう。そういう「特殊」な体験をユキにはさせたくない。
「期間はどの程度ですか?ほら、何日間閉じ込めるとかのマニュアルみたいなモノってあるのですよね」
違法なモノに関しては一切手を出していないオレだが、そういう知識は自然と入ってくる。
ユキの場合、一回きりの服用だし――いや、無理やりのことだろうから、服用とは言わないかも知れないが―――ああいう薬は使えば使うほどどんどん依存を深めていく程度の知識は有った。
そこだけが救いといえば救いだったが。
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