99 / 121

第100話

 だから、薬を盛られて効果が切れていない時に「そっち」を使ってしまうと、かなりヤバい身体に――つまり薬に依存度が高まってしまうという――なってしまうのだろう。  そんな薬物に頼る「そういう行為」は絶対にダメなんだな……と思ってしまった。 「分かりました。オレもそういうケースは初めてなので、良く分からない点とかご相談したいのですが……」  専門家の言うことは参考にしたい。 「どうぞご遠慮なく仰って下さい」  オレの職場は当然ながら男ばかりで、しかもナンバーになれないレベルでもそれなりにモテる。まあ、大体は女好きだし、枕をしている人間も当然居る。店側も奨励はしていないものの、黙認といった感じだった。客との疑似恋愛を――店の中だけで完結するのがホストだと個人的に思っているが――出来るだけ長引かせようとか「貴女だけは特別な存在」として店外デートプラスホテルと言うコトも良くある話だ。  それにお偉い心理学の先生が――誰だったか名前は忘れた――同じ時を過ごせば恋愛感情もそれだけ多くなるとか言っていた。何でもオフィスラブが多いのもそういう理屈らしいが。  だから、店が開いて居ない時にも会ってデートして、高価なプレゼントを買って貰ってホテルに行って一戦交えてから店に来るという流れを作っている同僚は多い。  そんな職場だから、当然シモ系の話題は――まあ、男が三人寄れば「そういう話」になると巷でも言っているらしいが――豊富だし、オレ的には聞き飽きている。  ただ新田先生の表情には男がシモ系の話題をしている時の笑顔とか鼻の下が伸びた感じなどは一切なくて――まあ、医師なのだから逆にそんな猥褻な笑みを向けられる方がドン引きなのは確かだが――冷静で事務的な感じを崩さないのが却って信頼出来るような気がした。  詩織莉さんがどのルートでこの病院を知ったのかとか、そういうことは分からないが新田先生の口ぶりだとかなり親しいというか懇意にしているような感じだった。 「あの違法な薬には二つの厄介な点が有りまして。  48時間で身体からは完全に抜けます。それは保証しますが、一点目は精神錯乱症状ですね。せん妄とも言いますが……。  これは患者様の頭の中で何か化け物とか恐竜とかそういう恐ろしいとされている物が出て来て、それを必死になって逃げようとかする状態です」  なるほどなと思った。夜の歌舞伎町でも稀にジャンキーらしい人間が居た。オレがまだ車で店に来ることが出来るほどの稼ぎがなかった時のことだが。そういう人は近寄ったりして関わり合いになると厄介なのでわざわざ迂回して遠回りをするが「キチ○イ」は何をするか分からないし、運動能力も物凄い――何でも人間は普段は発揮できない力があるらしい。火事場の馬鹿力とか言うコトワザも、極限状態になった人間という点では一緒だろうなと思う。  だからいきなり走って来られても困るので視界の隅には入れつつも早くその場を去りたい一心だったが、そう言えばその人間も「脳内」の敵と戦っているような感じだったなと思う。アクション映画などでは敵役が実際に居るので、大声を出して武器を扱ったり素手で立ち向かったりしても「普通」だと認識する。  ま、九州の田舎とかのヤンキー同士の喧嘩なんかでも口も手も足も動かすし。  ジャンキーの場合は脳内の敵と戦っているからこそ、頭がおかしいように見えるのかと思ったが、それは行きずりの他人だから、文字通り他人事だ。  それがユキの身に起こるとなると、かなりマズイような気がする。  さっき先生がロープで……みたいなことを言っていたのも、そういう「脳内の化け物」が襲って来た時にユキならばきっと逃げようとするハズだ。  オレのマンションが何階なのかという点はその時点でユキの頭にはないだろう。 「なるほど、良く分かりました。で、二点目は?」  新田先生がごくごく平静な感じで口を開いた。 「アナ○にも薬を塗られています。  昨日、ア○ルを使って性行為をされた……と。それは間違いではないですよね」  新田先生の口調は何だか天気予報を告げる気象予報士(?)みたいな感じだった。 「昨夜の雨は10ミリでした。今朝は快晴で傘は必要ないでしょう」みたいな。  だから、スラスラと答えることが出来る。そう狙っての口調なのかもしれないなと思ったが、下手にしたり顔をされたり、含み笑いをされたりするよりはずっと心の抵抗感が減るのも事実だった。 「はい。しました」  新田先生は一拍の間を置いて、次の質問――だろう、この話の流れからすると――のために口を開いた。 「そちらを使った行為の場合、慣れるまではかなり痛みを感じるようですね。  しかし、いったん慣れてしまった場合物凄い快楽を得ることが出来ると。  患者様の場合はどちらでしょうか?」  感情の籠らない声なので、安心して答えることが出来た。  昨日のショーの時のヤジを――ユキが聞いていたかどうかは分からないが――飛ばす客のような口調だったら「ノーコメント」と言ってしまいそうだったので。 「後者だと思います。  しかし、ユキ……いや彼の場合は、昨夜が初めてでしたが、それでも感じていました。そういう体質なのでしょう」  オレとの身体の相性が良かったとかユキの素肌が敏感過ぎるとかそういう余計なことは言わないでも良いだろうなと思った。 「ほう……。まあ、そういう慣れにも個人差が有るようですので、それは置いておくとして。  つまりはアナ○で充分に快楽を知っていらっしゃるわけですよね?それでしたら、薬が抜けるまでは絶対にそちらをつかった行為は厳禁です。  ただ、敏感で、しかも快楽を欲するように配合された薬なので、誘ってくる可能性が高いです。その場合は通常の射精……患者様ご本人がなさる程度は構いません。  身体のどこをご自身の手が触ろうとも大丈夫なのですが、貴方の手とか口などで俗に言う愛撫も控えて下さい」  つまりはユキが自分で出来ることはさせても良いということなのかな?と思ってしまう。  その違いは何なのだろうか?

ともだちにシェアしよう!