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第105話
「あのう、物凄く素人考えなのですけど……」
我ながら多分ダメだろうな……と思いながらも、通路以外はホテル然とした廊下を歩きながら新田先生に聞いてみた。
とはいっても病室エリアは絨毯ではなくて、リノリウムだか何だかの普通の病院と同じだった。
多分、車椅子とか今、ユキが乗っているような移動式ベッド(?)が床を傷付けるからだろうな……と思ったが、そんな些細なことはこの際問題がない。
「あのう、48時間こうして眠らせておくってやっぱり無理ですよ……ね?」
言っているウチにバカな――いや、そもそもオレはそんなに賢くないのは事実だが――コトをグダグダと未練たらしいなとオレ自身に突っ込みを入れた。
そんなコトが可能なら賢い新田先生のことなんでさっさとしているに決まっている。
入院設備も有るらしい大きな病院なのは来てみて分かったし、豪華な調度に囲まれた座敷牢にユキを閉じ込めるのが嫌だったものの、48時間ただ、昏々と眠るだけならまだ許容範囲だったが。
「いえ、患者様に投与された薬は覚せい剤に似た成分も有りますので……。
そもそも『覚せい剤』って何故名前が付けられたかご存知ではいらっしゃらないのですよ……ね?」
新田先生が何だか学校の教師みたいな感じで口を開いた。
そう言えば「覚せい剤」って普通に――と言っても周りに「人間止めますか?それとも覚せい剤止めますか?」だったと思うが正確には違うかも知れないが、そんな人生終了の薬に手を出すような超ド級のバカは居ない――呼んでいたが、その語源なんて考えてもみなかった。
「え?それは知らないです」
新田医師は「やっぱり」といった感じの笑みを浮かべている。といってもオレをバカにする感じは皆無だったが。
「そもそも第二次世界大戦の時に」
第二次世界大戦って、高校の日本史の授業では明治維新にまでしか教師が辿り着かなくて「後は教科書を読んでおいてほしい」とか言って強制終了されたような記憶がある。
オレがメンズファッション雑誌とかならともかく教科書なんて読むわけもなくて、オレの微かな記憶しかもうない歴史は江戸時代で終わっているという有様だった。
だから、第二次世界大戦というのが有ったのは知っているし、その時代をテーマにした映画も――ただし、お客さんの話題に上りそうなヒット作だけだが――観た覚えが有る程度だった。
「第二次世界大戦までさかのぼるのですか……」
物凄く昔の出来事のような気がした。関ヶ原の戦いは――江戸時代前だったような気がするが――それと同じくらいに古いんじゃ?とか思ってしまう。
「そうです。その当時は普通に薬局で売っていたらしいですね。ほら『リポビタ○D』とか『ユンケ○』みたいに元気になる栄養ドリンクのような扱いだったらしいです。その時代に『リポビ○ンD』が有ったかどうかは寡聞にして知りませんが」
そんな「人間止めますか」みたいな薬が薬局で――ま、「リ○ビタンD」はコンビニでも売っているという話は置いておいて――普通に売られていたとは驚いた。
恐るべし!第二次世界大戦中といった感じだった。
「ま、それはともかく、兵隊に取られた男性は大体が戦場に送られますよね?その時に寝不足とかで普段以下の戦闘能力だったら困るのは分かりますね?」
それはよーく分かる。オレだって眠い時には――オレは同僚とか後輩に「眼が硬い」とか言われていて、突然睡魔が襲ってくることはなかったが、寝不足だと集中力とかが低下しているのは自分だけは自覚していたし。
「それに東京などの都会だと連日連夜、空襲警報というものが鳴り響いたり、実際B29という戦闘機が爆弾を落としにやって来たりとかいう状況だったらしいです」
あーそれは何という映画だったかは忘れたが空襲が有ってあちこち逃げ回るとかいう場面は観たことがあった。あんなのが昭和20年8月15日だっけか……その日まで続いていたならそりゃあ、疲れるだろうなと思った。もちろん戦場に――レイテ島とか硫黄島とかは映画で観た覚えが有る――行った兵隊さん達も。
「それはおぼろげながら知っています」
下手に知ったか振りをすると、相手が更に知っている場合は――いや、新田先生は医学部卒のインテリなので良く知っていて当たり前かもだが――とんだ恥を晒すことになるのも経験則上良く知っていた。知らないなら知らないと言う方が良いことも。
「そういう時に、長時間起きていられる上に、集中力も途切れない『素晴らしいお薬』ということで『覚せい剤』と名付けられたようですね。他にも呼び方は有りますが。
とにかく3日間完全に徹夜しても全く集中力も途切れずに普段通りの生活――いや、それ以上に精力的に動き回ることが出来ます。
しかし、それは脳がそういった状況を作り出しているだけで、肉体は当然ながら疲労します」
うわぁ、三日間完徹なんて信じられないと思ってしまう。目が硬いとか言われているオレですら、二日間完全徹夜したら意識が途中で途切れて知らない間に眠っている。
今はオレにも安心出来るお客さんが多数付いてくれてはいる。しかし、新人時代は営業に必死だったり、忌まわしい思い出しかない枕営業でベッドを共にした客に無理難題を言いつかって寝不足になってしまったりという夜も多々有った。
そういう時は――しかも新人の辛さで一気飲みとかもバンバンさせられていたのでアルコールの酔いまで加わるという悲惨さだったが気が付けば店のトイレの個室で寝ていたとかはある。ま、店のトイレの個室ならば、男性客はNGがウリなので使用するのは同僚とかしかいないのが救いと言えばそうだったが。
「三日間の完全徹夜……しかも、その間は元気が出るんですよね。集中力も途切れずに。それは凄い薬だと思いますよね、今は害悪しか言われていませんが……。
あ!完全に『覚醒』するからその名前なんですか?」
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