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第107話
「良く分かりました。覚せい剤中毒者も、そうでない人も皆がパニックというかキチガ○みたいになっていたのでそんなには目立たなかったということですね。
それに、薬は薬局で買えたんですよね、当時は。だったら禁断症状になる前に買いに行けば良いのでそんなに目立たなかったのでしょう」
オレはアルコールも――今ではナンバー1を誇示するために車で店に行っているので呑めないが――それなりに強いが依存症ではない。
ただ、肝硬変になった元先輩とかアル中になった元同僚などは居る。アル中の場合は新田先生がチラッと触れた厚労省だかの施設に入所しないと断酒は難しいそうだ。しかも「もう大丈夫です」とか言われて出た場合、そこいらにお酒は売っているのでついつい買って呑んでしまうらしい。
「薬の効果が切れるまでに部屋に入って下さいね。途中で強力な眠剤が切れて暴れ出したり――いや、先ずは肌が異様に敏感になっているので性交渉を望むかと思いますが――すると大変です」
病院専用の救急車が赤いランプを回しながら待機していた。
オレはマンションの住所を新田先生にも聞こえるように大きな声で運転手に告げた。
案の定、新田先生は真剣な眼差しでオレの住所を聞いていたので、優秀な頭脳にインプットされたんだろう。
ユキのベッドの横側に座って、新田先生から渡された手錠などが入った紙袋を置いた。
オレの――我ながら冴えている――閃きを実行するモノはマンションの部屋に充分に置いてあったし。
車がサイレンを鳴らして走り出した。
オレも――そういえば、オレの車は店の駐車場に「置きっぱ」になっているが、まあ、あの場所だとイタズラする人間は居ないだろう――高価かつ目立つ車に乗っているので、道行く人々の視線を集めることには慣れている。
救急車もそういう点では人の目を惹くが、ユキの静謐な寝顔を見て(出来ることなら目を覚ますのはもっと後にして欲しい)と願ってしまう。
新田先生は薬物患者にも慣れているのかも知れないが、オレは初めてだったし、そしてユキの介抱をするのは恋人の義務だからイイが、ユキの苦痛を見るのは正直辛い。
あ、そう言えばスマホを全然チェックしていなかったなとポケットから取り出した。
新田先生と話している時とかに振動はしていた。しかし――いやオレの勘違いとか思い違いかも知れないが――病院でスマホを使うと精密な機械が狂ってしまうとか聞いたことも有ってずっとシカトしていた。
詩織莉さんからはラインとか、不在着信が数件入っていた。
「あのう、スマホとか使って良いですか?」
運転手さんにそう聞いてから画面をタップした。
まあ、ユキは点滴とかも外されているし、来る時のように心電図(?)みたいなグラフが液晶に表示されていることもないので精密機械を――だろう、多分――狂わせることもないだろうし。
それに文字を打つのも普段は何でもない動作だし、特に会社務めとかの女性客への営業は昔のように電話ではなくてラインで行っているので慣れている。
しかし、ユキの件は長くなりそうだったし、状況を全て説明するのは電話の方が良いだろう。
詩織莉さんも恭子さんもさぞかし心配しているだろうから。
「すみません、今マンションに向っています」
「洋幸は!?無事なのっ??」
そう言えばユキの本名は洋幸だったな……と思ってしまったが、普段の女王様っぽい鷹揚さをかなぐり捨てたような切羽詰まった口調がスマホから流れて来ている。
こういう場合はオレがテンパったテンションになったら収拾がつかなくなることくらいは知っていた。
だから務めて落ち着こうと深呼吸をしてからスマホに向かう。
「命には別状ないですが――ただ――」
詩織莉さんの焦り具合からどう告げようかと視線を意味もなく彷徨わせる。夜の街とか、
そして白いベッド(?)の上で眠り姫のように安らかな表情のユキの顔とか。
「ただ――ただ何っ?そんな勿体を付けなくてもいいじゃないのっ!!」
詩織莉さんは相当心配していたのだろう、流石は離れて住んでいるとはいえ半分血の繋がった兄弟だ。
「ただですね……。覚せい剤に似た成分の薬、セック○・ドラックを盛られてしまっていて」
電話越しに二人分の悲鳴に似たため息が零れて来た。
多分、恭子さんにもこの通話をスピーカー機能でも使って聞こえているのだろう。
「そんな――あれは、大量に摂取したら心臓が――」
同じ業界の人にも同じ薬で捕まっている人が居るせいか詩織莉さんは詳しいなと思った。
心臓にも影響があるということは新田先生も言っていなかったので、多分その分量までは摂取していないのだろう。
割と饒舌な先生だったけれど、余計なことを言わない「名医」なのだろう。それも詩織莉さんが推薦するレベルで。
「それは大丈夫らしいです。新田先生は心臓について言っていませんでしたので。
あ!ユキ、いや洋幸はこの薬物を以前に摂取していないですよね?念のためにお聞きしますが」
オレだって完全カタギと言い切れない職業だったが、ユキの場合は実家がモロにソッチ系なので一抹の不安がある。
まあ、ユキのことだからそんな薬を試そうと思わないだろうとは思ったものの。
「知っている限りだけれど、そんな薬に手を出すようなことはしないと思うわ。
それにウチの実家はシャブなんて売っていないし、構成員が金銭的な誘惑に駆られて手を出そうものなら破門だと聞いた覚えが有るわ。
覚せい剤の場合、持っているだけで1グラムで懲役一年が相場だとか聞いたこともあるし、そういうリスキーなモノに手を出すお父様じゃないわ。母は知らないけど……。
ま、あの女なら儲けに釣られて手を染めても別に驚かないけど。
それは良いんだけど、洋幸は今も救急車の中なのね?」
サイレンの音が混じってしまっていたのでそうと察したらしい。
「看病に人は必要かしら?」
詩織莉さんの好意は嬉しい。嬉しいがやはりこれはオレが一人で頑張ってみようと思った。
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