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第108話

 48時間で大丈夫だと言ってくれた新田先生の言葉も有るし――と言ってもオレが不測の事態で倒れてしまったら遠慮なく頼る積もりだったが――いくら詩織莉さんが「あの」ショーを全部見せていたとはいえ恋人になった後のユキのことは出来れば誰にも見せたくない。  オレも48時間だったら何とかなるような気もしたし。  ただ、人間何が起こるか分からないので保険は掛けておいた方が良いとは思った。 「セック○ドラックの忌々しい効果はご存知ですよね?」  敢えてゆっくりと喋った。  詩織莉さんと恭子さんがパニっている感じなのはスマホ越しに流れて来ている。  そのテンションの高さというか、感情の高まりにオレまで呑まれたら大変なことになる。  それでなくとも――身体に当たらなかったとはいえ――銃で撃たれたりその前後のパニックめいた慌ただしさの中に居たせいもあったりして脳の中にはアドレナリン(?)とかそういう脳内麻薬がドバっと出ている。  しかし、今は落ち着いて対処しなければ身が持たないだろうな……とも思う。 「それは一応知っているわ?五感が凄く敏感になる……って、ああ、だいたい分かったわ。  ユキは大丈夫?」  詩織莉さんも店に居る時よりもテンション低めで話すオレに気付いたらしい。 「今は新田先生が投薬して下さったお薬で眠っています。  しかし、その効き目が切れたら後の48時間は薬との戦いです。  ユキも苦しいとは思いますが、それを介抱するのがオレの役目だと思っていますので、ラインも電話も出来ない可能性が有ります。  まあ、まめに連絡を入れるようにしますし、マンションのエントランスの在住しているスタッフに詩織莉さんのことは話しを通しておきますのでオレに何か有ったら来て頂いても良いですか?  SOSサインを出した場合だけ……」  タワーマンションはセキュリティも完璧だから外部の人間は入って来ることが出来ない。  しかし、持ち主であるオレが予め言っておけば――しかも詩織莉さんは殆んどの日本人が知っているほどの人気女優なので顔は知られているので尚更に楽だ――ウチの部屋の玄関前までは上がって来ることも出来るし、何なら管理会社だかを通してキーを解除することもお願いしておこうかと思う。  ショーの時にはユキの甘く乱れた痴態を既に見ているけれども、薬で錯乱した姿を見せるわけにも行かないし。  それはオレが嫌だと思っただけだったが、きっとユキも同じ結論を下してくれるような気がした。  ショーだからと割り切っていたユキの腹の据わった根性も大好きだったが、薬のせいで取り乱した姿を見せたがるタイプとは全く思えなかった。 「了解したわ。次の映画のクランク・インまで時間が有るので、何時でも呼んで頂戴。  ということは、新田先生の病院じゃなくてリョウのマンションで養生するということなのよね?」  詩織莉さんもバカではないのでその点は直ぐに察してくれたようで、何だか確認をしている感じだった。 「そうです。48時間――ああ、新田先生のご尽力で72時間が48時間に短縮出来ました。  詩織莉さんがあの先生を連れて来て下さったお蔭です。有難うございました」  正直72時間も一人で介抱出来る自信はない。三日間の間ずっと起きているというか、気を張り詰め続けるだけでなくて、妄想で暴れるユキを取り鎮めなければならないわけだし、普通に生活しているのとは違う疲労感を抱くだろうから。 「あの先生は東大卒業後、オランダのデルフト工科大学の医学部で博士号まで取った先生だし物凄く優秀よ?あ、オランダの東大みたいなトコね。プライベートホスピタルとして知る人ぞ知るといった病院なのだけど」  何故オランダ?とチラッと思った。アメリカとかの方が医学も進んでいるとか言う話は聖マリアン○大学を出た女医さんが何かの拍子に口にしていたが。 「ああ、あそこの国は大麻とかが合法的なのよ。マリファナとかコカインの研究も世界一だし、セック○ドラックってあれでしょ?覚せい剤と似たような化学式で作られた合成麻薬よね?  あの店では、そういう薬を実際に使っている客も多いとか聞いていたので、あのバカ・ユリも――グーで殴っただけじゃ済まないわよね。ま、然るべき報復方法を考えることにするわ――ツテがあったのね。  ったく……」  カチリという独特の音がした。この音は詩織莉さんが持つには違和感ありありの百円かそこらで買えるライターの音だ。確かにユリに対しては怒りしか感じない。出来ればオレも殴り込みには参加したいが、今はオレの恋人のユキのことに専念するのが一番だろう。  ああ、そういえばオランダは安楽死も法律で認められているとか聞いた覚えが有る。  詩織莉さんは慌てているにも関わらず、最適な先生を選んでくれた件とかで、ユキにも通じる咄嗟の判断力とか賢明さを持っている女性なのだなと改めて見直した。  凄い女性だなと思ったし、流石はオレの大好きなユキのお姉さんだけのことはあると。  詩織莉さんが何故、新田先生を選んだのか分かるような気がした。「そういう」薬物に関して物凄く詳しいからなのだろう。  そして、詩織莉さんはインラン・バカ・ユリがそういう薬物を使用する可能性が高いと咄嗟に判断したからに違いない。 「有難うございます。とにかく一人で何とかしてみせます。ラインはちょくちょく見るようにしますので。  あと、恭子さんも本当に有難う御座います」  夜空を切り裂いて建っているオレの家が見えて来たのでそろそろ通話を切ろうとした。 「分かったわ。洋幸の様子を知らせてくれたら嬉しいわ。  あとね……お店には私の映画のロケに付き添って貰うってことにするから」  え?それはどういう意味なのだろう?  眠れる森の王女様といったユキの静謐な寝顔を見ながら考え込んでしまった。  このまま眠ってくれる時間が長く続くことを切実に祈りながら。

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