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第114話
ユキの伸ばされた腕がもしオレに届いていたら誘われるがままに致してしまっていたかも知れない。
理性では(絶対にダメだ)と思っていたものの、本能が暴走しそうだった。
しかし、タオルを噛ませた手錠と足かせ(?)のせいでオレの身体にユキは届かない。
そういう事態を新田先生が想定していたのかどうかは定かではないものの、一線を越えなくて本当に良かったと思う。
このままユキが忌々しい薬の効果でもある、敏感さとかを身体が覚えてしまってしまったら薬ナシでは満足出来なくなる可能性が高いと先生も言っていたし、大切な大切な恋人のユキを覚せい剤(?)依存症になって欲しくはない、断じて。
「まずは水を飲もうな。喉、渇いただろうあれだけ喘ぎ声を出したんだから」
口移しという方法もあるが、ユキの敏感になり過ぎた唇に触れるのはどうかと思ったし、そもそもその方法だとたくさんの水分は摂取出来ないのも知っていたのでペットボトルを差し出した。
飲み辛そうな感じだったので、家に有る一番大きなグラスを持ってきた。
家具とかインテリアデザイヤーに任せっきりだったためガラス類は全部バカラだ。
ただ、装飾用とかで買ったわけでもないので、ユキが落として割ったとしても全く問題はない。
「リョウさんっ……。イイっ……ヨ……過ぎて頭、おかしくなっちゃう……」
広尾の病院で新田先生が渡してくれた手錠とかは多分だが「こういった」患者さん向けなのだろう。ドラマで見る警官の手錠プラス太いチェーンが付いている。
だからある程度の行動は許容されていて、ユキは紅色のシャム猫のような感じで丸まって可愛い穴に指を挿れておそらく前立腺を弄っているのだろう。
パンを手をたたいてユキが極楽色の快楽のルツボから出てきてくれるのを期待した。
それに、リョウと呼んでいる場合は薬の効果が継続している。
ユキであってユキじゃない人間だ、目の前に居るのは。
「え?ああ、シン……。
お水有難う……」
束の間正気に戻ったのかオレのあだ名を正確に呼んでくれるのが本当に嬉しい。
バカラの大ぶりなグラスにたっぷりと注いだ水をゴクゴクと飲んでいる。
紅色に染まった指にも先ほどの痴態の名残のように真珠色とダイアモンドのような煌めきを放っていてとても色っぽくてついつい見惚れてしまった。
それに水を嚥下する喉の動きも……。
フェラチ〇をしているような感じだったので……。
まあ、そういう行為はおいおい教えていけば良いだろうな……とか思うのは単なる現実逃避だった。
ただ、ユキの体内から薬が抜けるのは46時間で、それまでは監視しているしかない。
普段なら二日なんてあっという間に経ってしまうが、この調子だと一時間ごとどころか数十分の頻度で時計を見るだろうな、一日千秋の思いで。
そう思うと、束の間の現実逃避というか気分をリフレッシュしないと持たないような気もしたし、その程度は許されるだろう。
「リョウさん、僕、こんなコトしてたんだね?
幻滅……した?」
ユキは悲しそうに長い睫毛を瞬かせながら華奢な真珠とダイアモンドのような水滴が付いている指とオレの顔を見ている。
「幻滅なんか全くしていない。
ユキがどんな痴……姿を見せようと、それはユキのせいじゃないし看病するのは恋人の義務だ。
詩織莉さんも看病しかねない勢いだったんだが、それは断った。
ユキの身体から薬が抜けるまではずっとこの部屋にいるし、苦しかったら下手に我慢しなくて遠慮なく言って欲しい」
切々と訴えると、ユキは紅い胡蝶蘭のような笑みを見せてくれた。
「本当に有難う。
僕をさ、厚労省の施設とかに入れることも出来たんでしょ?それか処置をしてくださったオランダ留学帰りの先生の病院に預けることも。
それをしないでくれて本当に嬉しい。
でも……リョウの時間を奪ってしまっていることには申し訳なく思っているよ。
お店に行かなくて大丈夫なの?」
ユキはよほど喉が渇いていたんだろう、一気飲みという感じでグラスを空にしている。
「オレの家で看病したいって言ったのは単なる恋人同士のワガママなんで気にしなくて良い。
店の方は詩織莉さんが連絡してくれることになっていて、出張サービス扱いにしてくれるそうだ。
だからオレの懐は全く痛まないし、店にも迷惑は掛かっていない。
詩織莉さんには遠慮したんだが、ユキは大切な弟なのでとか言っていた」
正しくはそこまで言ってなかったような気がするんだが――いや、オレの容量が少ない頭がユキのことでいっぱいいっぱいになって無意識に答えていたのかも――ま、どうせ同じことだ。
「栞お姉さんにも迷惑かけっぱなしなんだね……」
ユキ2割くらいの感謝、そして残りはとても悲しそうだった。
ユキの律儀な性格だとそうなるのだろうが、詩織莉さんもユキのショーのお蔭で過去のトラウマを解消したのも事実だ。そして詩織莉さんの財力なら――借金している感じでもないし、人気女優の中では3位から転落したことはない。なんでも「女優」は差別用語らしいがざっくりと言うと「優れた女性」という風な意味だろう――ホストクラブがいくら高価だと言っても大丈夫だろう。
「グラスを貸して欲しい。水を注ぐから。その間に指を拭いた方が良いかと思う」
カルピスの原液みたいな――実家では母が作ってくれた思い出は有るがそれ以降は見ていないが――白い液体がグラスに付いている。
オレはユキがそのままの状態でコップに注いでも気にはしない。
さらに言えばユキが家のバカラのグラスを全部割ってしまってもモノは全く惜しくない。そんなハメになったら、ユキがケガをしていないかどうかの方が気になるだろう。
ユキの顔が蒼褪めている。
もしかして覚せい剤に似た成分が心臓に負担をかけているのかもと咄嗟に思った。
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