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初めてのミーティング1

 一時はどうなることかと思ったが、思わぬ収穫があってよかった。悠馬は鼻歌混じりに第一会議室のデスクを拭いていた。  そもそもの発端は、悠馬の父親が自社の経営難から自己破産しようとしたところを、伯父に止められたことだった。伯父はより裕福な妻方の婿養子となり桐生姓となっていたが、佐野家を捨てたわけではなかったようだった。伯父は父に資金援助を申し出、悠馬を自分の学園に転入させることを提案した。家柄に傷がつくのを恐れたためだった。  悠馬の母はとうの昔に父へ見切りをつけ、男を作って出て行っていた。母は新しい男の子どもを身ごもっていたものだから、悠馬を引き取ることはできなかったのだった。  もともと咲城学園ではない私立の高校に通っていた悠馬は、一年生の終わりごろ父親に頭を下げられた。お願いだ悠馬、二年生に進級する春に転校してくれ、と。悠馬は断ることなどできなかった。父の背中が小さく見えたからだ。  そして父の兄が理事長を務めるこの咲城学園に、学費免除の特待生扱いで転入することとなった。一応転入試験は受けたが、悠馬の入学はほぼ確定的だった。いわゆるコネ入学というやつだなあと、悠馬は自虐的に笑ったものだった。  咲城学園は山奥にそびえ立つ、寮制の男子校だった。初等部から大学までの一環教育で、中等部と高等部は全寮制となっていた。  生徒の親は政財界から国民的俳優、大企業の社長など様々なハイクラスの面々が集まっていた。中でも生徒会の連中はすさまじく、家柄はもとより容姿も成績も教養もすべて兼ね備えた者が所属していた。  そんな生徒会を束ねているのが、生徒会長であり、理事長の息子である桐生友也だった。男子校でありながら、入学当初から彼の人気は絶大だった。  金茶のメンズレイヤースタイルに整えられた友也の髪は、あご先までと長めであったが彼に怖いぐらい似合っていた。また、友也のたれ気味の目元は誰もの心をとらえ、高い鼻は彼の理知的な印象を決定づけるものだった。  そんな非の打ち所がない外見はもとより、友也はどんな生徒にも優しく成績も抜群によかった。中等部進級からほどなくして友也のファンクラブは結成され、しかしその活動内容の過激さからいつしかそれは親衛隊と呼ばれるようになった。  悠馬の転入について友也はとても喜んでいた。友也は率先して悠馬に学園内の案内をし、その間はにこにこと悠馬に話をしていた。 「悠馬がこの学園に来てくれるなんて本当に嬉しいよ。俺は生徒会長だから、困ったことがあったら何でも言ってくれ。もちろん、困ったことがなくても気軽に俺のところへ来て欲しい」 「ありがとう、友也兄ちゃん。あ、ここでは桐生先輩のほうがいいのかな」 「いいや、友也兄ちゃんでいいよ。桐生先輩なんてよそよそしい」  友也は悠馬の頭をちょんと小突いた。悠馬はくすぐったそうに笑った。従兄弟の関係であるふたりは、歳も一つ違いと近いことから、幼い頃より交流が深かった。夏休みや冬休みのたびにお互いの家を行き来し、たくさん遊びたくさん悩みを分かち合ってきた。  そんな悠馬と友也の様子を、憎々しげに下唇を噛みながら見守る影があった。八雲氷雨率いる親衛隊の面々だった。

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