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おしおきはご褒美1
いつからこの部屋は拷問場になったのだっけ。ああ、悠馬が転入したその日だったかな。
友也と悠馬が会話しているさまを、親衛隊が見逃しているはずがなかった。友也が渡り廊下を去っていくのをおとなしく見届けた彼らは、すぐさま悠馬を取り囲んだ。悠馬は反抗するそぶりも見せず、いつもの第一会議室に親衛隊と同行したのだった。
「デクは毎日筋トレしてる?」
氷雨が明るい口調で聞いた。けれど目は笑っていなかった。
「いや、たまに気が向いたときだけ」
「そっかあ、なら今気が向いたよな。猛烈に腕立て伏せしたいだろ」
「はっはい! したいです!」
したいだろ、という言葉の端が先行して悠馬の耳に届いたようだった。悠馬は反射的に跳ねるような口ぶりで答えていた。それを受けて氷雨が愉しそうに舌なめずりをひとつ。
ここに手をつけ、と氷雨が指差したのは、会議室の床だった。咲城学園は体育館以外土足の学校であるため、砂がざりざり落ちていた。悠馬は嫌悪をあらわすこともなく指示どおりそこに手をつき、腕立て伏せの姿勢をとった。
それを見た氷雨がすぐさま取った行動は、なんと悠馬の背中に腰かけることだった。小柄で華奢な氷雨のことだ、標準的な男子高校生よりは軽いだろうが、それでもやはり重石としては充分すぎる質量だった。悠馬は思わずうめいたが、なんとか腕をつっぱねて姿勢は保っていた。
「いーち」
悠馬と氷雨の周りでだんまりを決め込んでいた親衛隊員が、声をそろえて手拍子とともに言った。悠馬は肩をびくつかせた。彼らが氷雨に指示されてそうしていたのは明白だったが、悠馬には性的興奮を増幅させる演出のように思えてしまった。
そう、この行き過ぎた制裁は、悠馬にとっては一種のプレイでしかなかったのだった。
悠馬は隊員のかけ声に合わせ、何とか腕を曲げて伸ばした。見守っていたうちの誰かが感心したような息をもらし、氷雨に睨まれていた。
「かの二宮金治郎は、寝る間もおしんで勉学に励んだという。僕らも見習わなくちゃね」
氷雨はちっとも二宮尊徳を敬っていなさそうな平坦な口ぶりで言い、指をならした。それを合図に、後ろのほうでこちらを見ていた親衛隊員のひとりが教科書を一冊持って氷雨に渡した。
「一回できたから一冊、二回やったら二冊。どんどんどんどん増やしてやるよ」
「ぐ……うっ……」
苦痛とともに舌の裏へ甘い感情がにじんだ。揺らぐ視界、反するようにふくらむ身体の中心、もうどうすることもできなかった。苦痛が大きければ大きいほど、体罰がきつければきついほど、悠馬の精神はとろけていった。
拷問というシステムはよくできている、と悠馬は思った。それは理性を吹きとばして、人間を本能だけの状態にしてくれるからだった。とぎすまされたむき出しの感情は、悠馬にとって美しいとしか形容できなかった。それが狂気だなどと指摘してくれるひとは、残念ながら悠馬の周りにはいなかったのだった。
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