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初夏にふる雹2
初等部五年のとき、氷雨と友也は同じクラスだった。
「ださっ。自由の女神なんか見あきたよ」
修学旅行先がアメリカはニューヨークと発表された瞬間、氷雨が吐きすてるように言った。
クラスはしん、と静まりかえった。このころ氷雨の発言は絶対だったからだった。氷雨の父、八雲勉はワンマン政治で有名な大臣であり、当時は影の総理大臣と呼ばれるほど権力をもっていた。
クラスメートの中には政治家の子もいれば、公的事業にたずさわる親を持つ子もいた。この時点でニューヨークに思いをはせることは絶望的だ、と担任の教師までもが考えていた。
そんな空気を壊したのが友也だった。
「八雲はなんでニューヨークがいやなの?」
皆がいっせいに友也を見つめた。いくら学園理事長の息子だからといって、八雲氷雨に意見しようだなんて。クラスメートはもちろん誰もが子どもだったが、親にくりかえしくりかえし教えこまれた一つの約束だけは破ることがなかった。
──絶対に、八雲に逆らうな!
ひやひやして見守る周囲をよそに、氷雨は友也に返事をした。
「だって僕、何回もアメリカ行ったもん。アンキース球団の試合も見たし、名物のステーキだって食べた」
「そうなんだ。でも今回は観光もあるけど、アメリカ人の先生がついて本格的に英会話を学ぶのがメインだよね。しおりに書いてある。八雲は英語できるの?」
「できるよ、馬鹿にすんな」
八雲は英語で簡単な自己紹介をした。綺麗な発音で、かつ中学でならうような単語もまじえながらのものだった。担任はこれみよがしに拍手をし、周りもそれに合わせて拍手を重ねた。
「さすが八雲。じゃあ庭は英語でなんていう?」
「ガーデンでしょ。超かんたん」
「それはイギリス英語だよね。アメリカ英語では?」
「えっ……ガーデンじゃないの」
「アメリカでは、庭のことはヤードって呼ぶことのほうが多いんだよ」
友也の解説にクラスじゅうがざわついた。いくら渡航経験のある私立の小学生とはいえ、アメリカ英語とイギリス英語の違いまでは知らない生徒が多かったのだった。担任の教師もおどろいた顔をしていた。彼は本当のところ、友也のことをほめてやりたかったのだった。
「なら公共の休日は?」
「バンクホリデー……」
「それもイギリス英語。八雲はイギリス人の先生に英語を習っていたのかな」
友也の言うとおりだった。氷雨は親のあっせんにより、イギリス人に英会話を教わっていた。教科書も文法ももちろん英国式だった。
その先生は、いくら物覚えがよくてもまだ小学生である氷雨に、アメリカ英語までは教えていなかったのだった。そして氷雨が何度アメリカに観光へ行ったところで、アメリカの細かな単語まで覚えてくるわけもなかった。
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