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初夏にふる雹5
「どうだかね。どっちにしろ、僕がヤクモダイジンの息子じゃなかったら気にかけることもなかったくせに」
「俺が八雲をヤクモダイジンの息子だって意識してたら、あのとき八雲の言うことそのまま聞いてたんじゃない」
友也はいやに大人びた雰囲気で言った。氷雨は口ごもった。やはり友也の言うことは正論だったからだ。
友也は氷雨の隣に腰かけ、成長中の足をくっと伸ばした。
「ごめんな」
シンプルな友也の詫び言に、氷雨はなんとなく目が合わせられなかった。友也の持ってきたチョコレート菓子の封を開け、かぶりついた。パッケージのウサギは顔がまっぷたつになってしまった。
氷雨はわかっていたのだった。友也は悪くないことを。自分がわがままだったこと、自分に非があったことを。
でも氷雨はそれを認めることができなかった。利己的な父とブランドにこだわる母に育てられた彼には、自分の意見を通すこと以外のやり方を知らなかったのだった。
もしかしたら氷雨は、底なし沼で足を取られていたのかもしれなかった。きっと誰かに手をさしのべられたかった。
のばされたのは、少し日焼けをした友也の手だった。
「でもさ、さすがにムカついた。修学旅行はクラスメートみんなで行くんだよ」
「は?」
「みんながみんな、八雲みたいにアメリカへ何度も行ってるわけじゃない。だいたいさ、俺もアメリカ行ったことあるけど、またニューヨーク行ってみたいって思うし」
謝罪のあとに続いた友也の発言に、氷雨はふんっと鼻を鳴らして彼をにらみつけてみせた。
しかしにらんではみたものの、氷雨の瞳はゆらいでいた。八雲勉の息子としてではなく、普通のクラスメートとして扱われたのは初めてだったのだ。
友也は氷雨におびえることもなければ、敵意だけを向けることもなかった。友也にもらったチョコレート菓子は、パッケージのデザインに反して誠実な味がした。
──そして週明けの月曜日。修学旅行の行き先は、当初の予定どおりアメリカで変更はなかった。行動班を決める学年合同のホームルームが体育館で行われた。
きゃあきゃあと盛りあがる体育館の中で、氷雨がすっと立ちあがった。そして人に囲まれる友也の前にずかずかと歩いていき、仁王立ちした。
「桐生と一緒の班だったら、僕もアメリカへ行ってやってもいいよ」
周囲はきょとんとして静まった。こんな上からの物言いが、氷雨の精一杯だった。
沈黙をやぶったのは、友也のぷっと吹きだした息の音だった。
「なんだよそれ──アメリカだったら、八雲と一緒に行ってやってもいいよ」
仕返しのように友也が言った。彼は昨日とは打って変わって、爽やかな笑顔を浮かべていた。
氷雨は心臓のあたりに手をおいた。友也のそんな顔を見たら、胸がじんわりとあたたかく感じたからだった。流れる時間がやけにゆるやかに思えた。
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