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ボタジョのカノジョ1

 ──ずいぶん騒がしいな。氷雨は周囲のざわつきに、現在へと意識を戻した。誰しもが駆け足で、皆片手に双眼鏡やオペラグラスを持っていた。 「あの人が来たのか」 氷雨は何かを察したように目を細め、そして周囲の人間と同じように屋上へと歩を進めた。彼の手には双眼鏡はなく、また足取りは重そうだった。  これから花火大会でもあるのかと思うくらい、屋上は混み合っていた。これでは双眼鏡も意味がなさそうだった。  人ごみをかきわけていると、聞きなれた声がした。 「隊長!」 いいものを見つけたと言わんばかりに、悠馬が満面の笑みで氷雨に声をかけてきたのだった。口の端には痛々しくガーゼが貼られていた。 「お前、なんで」 氷雨はうろたえた。あんなに痛めつけた相手に、どうしてこんな笑顔を向けられるのだろう。媚びを売っているようには見えなかったし、恐怖もみじんも感じられなかった。 「なんでって、俺、クラスメートからこのことを聞いてびっくりして」 悠馬の回答は氷雨の質問の意図と違うものだった。しかし悠馬の視線を追って、氷雨も門のあたりに目をやった。  門の前には白いリムジンが停まっていた。立地上近所迷惑などはないが、遠目でもインパクトはじゅうぶんだった。  そしてそこに向かう影がひとつ。なんとなく金茶の髪だけが見えた。それは友也だった。 「本当だったんだ……」 「中等部一年からずっとさ。長いよ」 やさぐれたように氷雨が言った。リムジンの中は見えなかったが、そこに誰が乗っているのかは、ここにいる者はみな知っていたのだった。  さきほどご丁寧に新聞部の手によって一枚のコピーが配られた。それを見て、悠馬はどこか釈然としない顔をしていた。  それは名門、牡丹女学院──略称ボタジョ──の生徒がモデルとして写っている、雑誌のコピーだった。ボタジョの彼女はすらりとした長身でスタイルがよく、清楚で美しい顔立ちをしていた。雑誌で紹介されるのも納得の容貌だった。 「どんなに信じたくなくても、それが桐生様の彼女だ」 氷雨がそう呟くころには、すでにリムジンは咲城学園から去っていた。  すっかり花を落としてしまった緑の木々だけが、そこに残されていたのだった。

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