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ボタジョのカノジョ2
あれは中等部一年の五月末ごろのこと。友也は親の関係で知り合ったと思われるその少女と、恋人として付き合いはじめたのだった。
それがきっかけで友也のファンクラブは活動が過激になり、親衛隊へと名を変えた。失意のなか氷雨はそれでもファンクラブ、否、親衛隊に籍を置きつづけ、昨年。高等部二年にあがった際に親衛隊長となったのだった。
さて、ボタジョがいなくなってから、屋上の生徒も合わせるように階下へと退いていった。悠馬と氷雨を含めて数名だけがそこに残った。
「俺、親戚の集まりでも一切聞かされてませんでした」
悠馬は顔を曇らせて言った。友也は彼女と長い付き合いであるにもかかわらず、従兄弟で親友の悠馬には一言も報告がなかったのだった。
もしかしたらこちらに女っ気がないからと気を遣われていたのかもしれないけれど、それにしたって寂しいじゃないか。悠馬は目を伏せた。
「しょせんお前と桐生様の関係もそんなもんだったってことだ」
氷雨がそう悪態をついても、悠馬は氷雨のほうを一瞥もしなかった。よほどショックだったようだ。
あんなにいたぶっても泣き言を吐かなかった悠馬が、肩を落としていた。そんな彼の姿が意外で、この時ばかりはさすがの氷雨にも悠馬が気の毒に思えた。もしかしたら自分の心境と重なったからかもしれなかった。
「デク──」
氷雨は悠馬の肩に手を置いてみた。なんの変哲もない、ごつごつした男くさい肩だった。悠馬は氷雨を見て目を見開き、かすかに頬を染めた。
しかし呼びかけてみたものの、氷雨は慰めの言葉などあいにく持ち合わせてはいなかった。氷雨は置いた手をおろし、話題を変えることにした。
「お前、なんで僕に怒ってないの?」
さきほどからずっと気になっていたことだった。ボタジョのリムジンに意識を持っていかれたために聞きそびれていた。どうしてコイツは僕に笑いかけたんだ?
「ふつうあれだけのことをされたら、僕のことを憎んで嫌うだろ」
「俺が隊長を憎む? 嫌う? そんなのありえませんよ」
気がまぎれたのか、悠馬は普段のトーンで言った。そしてくるりと身をひるがえし、屋上の手すりに身体をもたれかけさせ氷雨と対面する体勢になった。
「だって隊長は、俺にとって桐生様をお慕いする同志ですから」
悠馬は目を細めて嘘をついた。どこかつかみどころのない顔をしていた。
氷雨は彼のこんな表情を見るのは初めてだった。取り立てて美しくもなく、こなれた仕草でもなく、知的でも妖艶でもなかったのに──なぜか氷雨は、その瞬間。悠馬に目を奪われてしまったのだった。小さく跳ねた心臓には、気づかないふりを決めこんだ。
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