20 / 113
ボタジョのカノジョ3
「同志?」
胸のあたりをぎゅっと握りしめ、氷雨が問い返した。そんな友好的な言葉は氷雨の辞書には載っていなかったからだった。いつだって恋のライバルは、蹴おとしたり不幸を願う対象でしかなかった。
「ええ」
しれっと答える悠馬に、氷雨は自分の信念がゆらぐのを自覚した。まずい。このままでは悠馬に主導権を握られてしまいそうな気がした。とにかく僕らしくいなくては──。
「同志だったら何をしてもいいんだな」
氷雨はなんとか冷たい声色を作って聞いた。普段どおり底意地の悪そうなそれだった。氷雨はアイデンティティの崩壊をまぬがれたのだった。
「ううん……隊長ならいいのでは?」
唇に指を添えて悠馬は言った。
「踏みつけても?」
氷雨は問いを返した。
「はい」
悠馬はまっすぐに氷雨を見て答えた。
「上に腰かけても?」
「はい」
「縄を噛ませても?」
「はい!」
テンポのよい問答だった。いきいきとした様子で答えを口にする悠馬に、氷雨はあきれたように続けた。
「お前さ、頭おかしいんじゃないの」
「お褒めにあずかり光栄です」
悠馬は否定もせずにへらりと言ってのけた。
「褒めてないから」
うんざりした口ぶりながらも、内心氷雨は笑っていた。悠馬の気も、少しは晴れたようだった。
ところ変わって、先ほどまで咲城学園に停まっていた白いリムジンの中。走り出したそれには、美しい少女、美しい友也、運転手の三名のみ乗っていた。彼らは広い車内をもてあましていた。
「いつも申し訳ない」
友也は斜向かいに座る彼女に詫びた。少女はたおやかに笑んだ。
「気にすることはないわ。私も貴方にいつもお世話になっているもの」
彼女は白魚のような指を組んだ。年ごろの男なら誰もが見入ってしまうような手だったが、友也はそれを見つめたりはしなかった。
「ねえ桐生さん、貴方の恋はやっぱり叶いそうにないの?」
少女が何か知っているふうな口ぶりで言った。
「さあ……どうだかね。心配なことも起きているようだから、そちらも片づけないと。一応前よりは近づけたと思うけれど、同性愛はハードルが高くてね」
友也がちらと窓の外へ視線を移した。運転手はそんな彼らの会話に、聞いていないふりをしていた。
「そうね、私も同じクラスの彼女にはずっと片想い。いっそ貴方と結婚したら幸せになれる?」
「なれないよ。俺はアイツしか好きにならないと思う」
「奇遇ね、私もあの子しか好きじゃないわきっと。私たち本当に気が合うのね」
彼女が自嘲的にくつくつとのどを鳴らした。ぜんぜん楽しそうな笑い方ではなかった。
彼らの抱く秘密は、友也と彼女と運転手しかしらないものだった。たぶんきっとこれからも、それが崩れることはないと、思っていた。
ともだちにシェアしよう!