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疑心1

 それから3週間が経ち、氷雨は複雑な面持ちで久しぶりに教室へ入った。氷雨は当然ながら注目されたが、誰かが気を遣ってあいさつをし氷雨が返すと、少し場の空気がやわらいだ。しかしそんなクラスの雰囲気とは裏腹に、氷雨の心中はおだやかでなかった。  まずは友也のこと。彼の言葉は胸をえぐり、氷雨に絶望を与えた。もう友人にすら戻れない、それどころか世間話ですらできないだろう。目も合わせてもらえないかもしれない。  それでも氷雨は親衛隊をやめる気になれなかった。これで親衛隊も脱隊してしまったら、友也とのつながりが一切絶たれてしまうからだった。たとえ他人から往生際が悪いと後ろ指をさされたとしても、親衛隊にだけはしがみついておきたかった。  もう一つ氷雨の心を乱すのは、何といっても悠馬のことだった。悠馬が氷雨にしたこと──思い出そうとするだけで肌が粟立った。何が悲しくて嫌いな男に襲われなくてはいけないんだ。心から憎い奴に。  氷雨は下唇を噛んだ。ぷつりと皮の弾ける音がして、かすかに血がにじんだ。鉄の味を舐めたらいやでも悠馬のあの様が脳裏に浮かんだ。赤茶色に染まったシャツと、そしてなぜか、屋上での悠馬の表情まで。  とく、と、心臓が甘く跳ねた。今度ははっきりと氷雨も自覚した。しかしそれを否定するように首を振った。しょうもないことを思うな、まずはテストのことを考えよう、と氷雨は席についた。  氷雨の机の上にはプリントの束が置かれていた。教師に置かれたものかと思いきや、内容を見れば日付と板書の写しとおぼしき文書で、パソコンから打ち出されたもののようだった。首をひねる氷雨の耳に、こんな会話が聞こえてきた。 「今日も来ないかな」 「生徒会長の従兄弟だろ? よく働いたよ」 「アイツはパシリの才能あるわ」 けらけら笑っていたのは、クラスの中でも地味で目立たない連中だった。普段から後輩を下僕にするようなタイプではないことは、一目瞭然だった。 「その話、詳しく聞かせてくれ」 氷雨は彼らの前に立ち、ぶしつけに問いかけた。

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