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疑心2
その日の放課後、氷雨はプリントの束をクリアファイルに入れて持ち、二年A組の教室に向かった。
「隊長!」
氷雨の姿が見えるやいなや、悠馬はスキップでもしそうな足どりで氷雨に駆けよった。二年A組は悠馬の所属するクラスだった。
「デク、ちょっと来い」
「はいっ」
氷雨が空いた片手で挑発するように手を丸め、おいでおいでのポーズをすると悠馬は跳ねるように返事をした。ああ、なんて、さまになっているんだろう。
氷雨に導かれるようにやってきたのは、なじみの第一会議室だった。今日は親衛隊の集まりがないらしかった。そして氷雨は、会議机にクリアファイルを叩きつけるように置いた。
「これを作ったのはお前だな?」
「なんのことやら」
「しらばっくれるな。クラスの地味な奴らが笑ってたんだよ、お前のことを使えるパシリだって」
「ええ、パシリはやってましたよ、隊長がいない間暇だったので。でもそれとそのプリントと何の関係が?」
「このプリントは僕が謹慎している間の黒板の写しを、パソコンのソフトで打ち直したものだった。これを作るためにお前は、僕と同じクラスの奴らにパシリを買って出た。パシリの報酬として、授業のノートを貸してもらったんだろ」
事実は氷雨の言ったとおりだった。当事者のクラスメートたちに問いつめれば、一応悠馬に口止めされていた彼らもすぐに真実を吐いた。高校生の秘密なんてそんなものだ。いかんせん拘束力に欠けていた。
「あいつらに聞いた。僕のために、どうしてそこまでしたんだよ。停学前の空き教室でのことといい、デク、お前は」
悠馬は唾を飲みこんだ。次いで投げかけられる言葉に察しがついたからだった。悠馬は顔のつくりこそ凡庸で鈍臭そうに見られがちだが、見た目ほど鈍感でもなかった。耳をふさいでしまおうかともよぎったが、彼にそんな猶予は残されていなかった。
「僕のことが好きなんじゃないの」
氷雨の疑問だけが、第一会議室に凛と響いた。
「違いますよ」
悠馬は平静を装って言った。脳裏にはいつかの父の背中が浮かんでいた。
母が不倫相手と会うために化粧をして家を出るとき、父はいつも笑っていた。いってらっしゃい、いつ頃帰る? 晩ご飯は俺が作るから、心配しなくていいからね。
悠馬の父は、いつか自分の元へ妻が戻ってくると信じていたのだった。だから嫌われないように必死だった。そんな父を、悠馬はちっとも不恰好などとは思わなかった。それほど母を愛していたのだと感じていた。
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