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疑心3

 悠馬はそんな父にならって嘘をついた。すべては自分の愛する人と離れないで済むように──結局悠馬の母は出ていってしまったが、それは結果論でしかない──との思いからだった。 「俺が好きなのは桐生様ですから」 「なら、何か? 僕を襲ったのは桐生様の代わりにしたとでも?」 「言いづらいですけれど、そうです」 悠馬が薄く笑みを作って答えると、氷雨はひどくうろたえた。  ……あれ? 隊長ならばもっと不機嫌そうな顔をして、俺に掴みかかってきそうなものなのに。  あてが外れたような、肩すかしを喰らったような感じがした。氷雨の怒りを買いたかったのに、氷雨は予想に反して青ざめた顔をしていた。 「プリントは」 「プリント?」 「なんでわざわざ、三週間分も、作ったの」 「暇つぶしです。あとは、隊長を一時しのぎに使わせていただいたことへのお詫びですか──」 話の途中で氷雨は悠馬の胸を思いきり押した。不意打ちだったため、悠馬はよろけて机にぶつかり、クリアファイルの中身が音を立てて散らばった。  この瞬間、悠馬は頭の中にぱあっと花を咲かせた。何はともあれ氷雨の怒りを煽ることができたのだ。  早く首でも絞めてもらえないだろうか、ビンタでもいい、そんな期待をこめて氷雨をちらと見やった。  しかし悠馬の望みは叶わなかった。氷雨は顔を片手で隠し、ぶるぶる震えていた。氷雨の瞳が曇っているような気がして、ひとまずプリントだけかき集めてクリアファイルとともに氷雨に差し出すと、氷雨はそれをひったくるように受け取った。どこか自棄になっているようだった。  そのまま氷雨はうつむいて第一会議室から出て行ってしまった。追いかけてくれるなと氷雨の背中が言っているように思えたから、悠馬は彼を追えなかった。  どこも傷がついていない自分の身体を見て、悠馬は切なげにまぶたを閉じた。

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